「恋焦がれる魂」第一章 恋する②
第一章 恋する ②
品川プリンスホテルのカフェで真向かいに座った彼を見て、私はドクンドクンと激しく拍動する胸を必死で抑えていた。
18年ぶりに見る彼は、確かに少し老けはしたものの、あの頃と変わらず、私にとっては「王子様」だった。しかも、彼は私にスッと花束を差し出したのだ。それはそれはスマートな物慣れた仕草で。
「もう最高!」
私の目は完全にハートになり、鼓動はさらに高まった。私が赤面症だったなら、耳まで真っ赤になっていたことだろう。残念ながら私は顔には出ない質なのだが。それでも相当ニヤけた顔をしていたに違いない。
そこで、18年分の積もる話を少しずつ話した。お互いの家庭のことも。お互い、うまくいってるようで、ちょっとだけうまくいっていない感じだった。
しばらくして、客も混み始めたので席を立った。だがお互い離れ難くて、もう一軒、二階のバーに寄ることに。
私達はカウンターに隣り合って座り、少しのつまみと共にワインを飲み、煙草を吸った。
お酒と煙草を嗜むことが、二人の共通点なのだ。
彼は煙の行方を目で追いながらポツポツと話し、時折「ん?」という顔で、目だけチラッとこちらを向いた。私は彼の顔を覚えておきたくて、ずーっと見つめていたので、その時折の「流し目」の度に、ズキュンとなっていた。だが後の彼曰く、こちらを見る度に私が潤んだ瞳で見つめているので、彼の方もズキュンとなっていたという。全くもって似たもの同士だ。
初デートはそんな感じで、あまりにもプラトニックに過ぎるという程だった。
その何日後だっただろう。彼から思いもかけないメールが届いたのは。
「心だけなら 心だけだからこそ」と題されたそのメールを開いた瞬間、私の心臓はドクンと強く脈動した。何行目かに、
「好きです。大好きです。」
と書いてあったからだ。
他の文字を追うのに、やたらと時間がかかったのは、それからもずっと鼓動が早鐘のように打っていて、息が苦しかったせいだろう。その後に綴られた文章は、18年のやり取りで初めて表された、明確な私への好意だった。
どれほど嬉しかったかわからない。私は18年の間、確かに彼に恋していた。だがその想いは、出来る限り抑えて、内に秘めようと努力していた。少なくとも、明確に言葉にすることは避けてきた。恋しているのは、自分だけだと思っていたからだ。彼のようにカッコよくて素敵な人が、自分を想うなんて有り得ない、と思い込んでいた。また、それを表すことは、彼にとって迷惑になるとも思っていた。それなのに……。
私はすぐに返事を書くことが出来ず、それでも精一杯、LINEで一言、
「私もです」
と返した。そして数日後、やっと書いた返事に記したのは、
「私も大好きです。ずっとずっと大好きでした。」
という言葉だった。
そこでやっと、出逢ってから18年もの時を経て、私達は両想いになった。だが、そこから先を考えるには、私達は真面目でリアリスト過ぎた。
お互い、パートナーも子どももいる身。「これ以上はない」と彼は書いていたし、私もそれを望むべくもないと思っていた。
一年か二年に一度くらいの逢瀬を望むのも、高級ホテルのスイートに泊まるくらい途方もない贅沢だと思っていた当時の私に、その後の状況を話したら、卒倒するに違いない。
その後も、私達はLINEとメールで連絡を取り続け(今度はもうちょっと頻繁に)、やっと次に逢えたのは、一年後のちょうど七夕の夜だった。
その日、品川駅の駅ビルにある小さなバーの片隅で、私達は奥から聴こえてくる生演奏に耳を傾けつつ、スコッチを燻らせて静かに話をした。
彼は「人生で一番上手く撮れた写真」と言って、パスポートの写真を見せてくれた。それは私にとって、人生史上最もカッコいい顔だった。こんなにもカッコいい人が、今目の前にいるということが、信じられなかった。私はそれをスマホで撮らせてもらい、以後御守りのように大事にして、事ある毎に見つめることになる。
そして帰り際、忘れもしない、品川駅の改札のところで、別れの言葉を言おうとした私を、彼がいきなり抱き締め、耳元で「好きです、大好きです」と囁いてくれたのだ。
あまりに驚いた私は、かすれ声で「私もです」と返したのだが、その声は彼には届かなかったようだ。
この瞬間のことは、今でもありありと思い出せる。二人の身体が触れ合った、一番最初だった。
