アドラーが、「宿題しなさい」って娘に言うのを終わらせてくれた
「宿題しなさい」
毎日言うてる。
娘見たらまず言うてる。
ご飯のあとにも言う。
お風呂の前にも言う。
なんなら、寝る前にも言てる。
最初は「はーい」って返事してた上の娘が、だんだん返事せんようになった。
聞こえてないふりをするようになった。
目の前で言うても、テレビの方を向いたまま動かへん。
しまいには、トイレに駆け込むんよ。
無視されればされるほど、こっちの声はどんどん大きくなる。
声が大きくなると、娘はもっと黙る。
黙られると、もっと声が大きくなる。
毎回これ。悪循環。
しんどかったのは、宿題をせえへん娘やなくて、「言い続けてる自分」の方やったんかもしれません。
でもね。言うのやめたら娘がもっとやらんくなる気がして、やめられへんかった。
もし今、子どもに毎日同じことを言い続けて疲れてる人がおったら、最後まで読んでみてください。
相手を変えるのをやめたら何が起きるか、わたしの話を書いていきます。
壊れかけの関係
あるとき、いつものように「宿題しなさい」って言った。
娘はこっちを一瞬見て、また目をそらした。
その目が、怒りでも反抗でもなくて、「またか」っていう目やった。
あの目を見て、「アカン、これ壊れかけてる」って思った。
言えば言うほど、遠くなってた
冷静になって振り返ると、「宿題しなさい」を言い始めてから、娘との関係は悪くなる一方やった。
言えば無視される。
無視されるから声が大きくなる。
声が大きくなるから娘が閉じる。
閉じるからもっと言う。
完全な悪循環やった。
しかも、言い続けてる間、わたしの頭の中はずっと「なんでやらへんねん」で埋まってた。
娘がリビングでテレビ見てるだけでイライラする。
ゲームしてたらもっとイライラする。
宿題さえすれば穏やかでおれるのにって思ってた。
でもそれ、要するに「自分の穏やかさを、娘の行動に委ねてた」ってことやねん。
娘が宿題したら機嫌がいい。
せえへんかったら機嫌が悪い。
わたしの感情が、娘のコントロール下に置かれてた。
そこで出会ったのが、アドラー心理学の「課題の分離」っていう考え方やった。
アルフレッド・アドラーっていうオーストリアの心理学者。「嫌われる勇気」って有名な本があったと思う。「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」って言うた人。
その中に「課題の分離」って考え方がある。
簡単に言うと、「それは誰の課題か」をはっきりさせるってこと。
宿題をするかどうかは、誰の課題か。
これ、娘の課題やんな。
宿題をせえへんことで困るのは、誰か。
娘なんよ。
先生に怒られるのは、誰か。
娘や。わしが先生に怒られることはない。
なのにわたしは、娘の課題に毎日踏み込んでた。
「しなさい」「やりなさい」「なんでやらへんの」って、娘の課題を自分の課題にして、しんどくなってたようなもんやった。
アドラーの考えでは、他人の課題に踏み込むことが対人関係の問題の根っこにある。
逆に言えば、課題を分けるだけで、関係は整理されるって話。
わたしが毎晩しんどかったのは、娘が宿題せえへんからやなくて、「娘の課題を自分が背負ってた」からやったんよ。
「言わへん」を選んだ
課題の分離を知ってから、試すようになったことがある。
「宿題しなさい」を言わへん日をつくった。
帰ってきた娘がテレビをつける。
いつもならここで「宿題は?」って言うてた。
でもその日は黙ってた。
めちゃくちゃ変な感じしたわ。笑
言いたくてしゃあない。
モヤモヤする。
テレビ見てる娘の横で、自分が何かに耐えてる感覚がある。
出そうやのに、出せない、この感覚。
でも我慢した。
娘の課題に踏み込まへん。
そう決めたから。
ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る時間になった。
もちろん宿題はやってる様子は。
翌朝、娘が気づいた様子で、「やってへん……」って小さい声で言うた。
わたしは何も言わんかった。
娘は慌ててプリントを出して、宿題をやり始めた。
正直、口を出したかった。
「ほら見てみ、だから言うたのに」って。
でもそれも娘の課題に踏み込むことやから、黙ってたんよ。
その日、娘が学校から帰ってきたら、そそくさと宿題をやってた様子。
「今日から帰ってきたらすぐやる」って言うたらしい。
言うたからって毎日続くわけやない。
次の日にはもうテレビ見てた。泣
でも、それでも「自分で気づいた」のと「言われてやった」のでは、全然ちがうと思うんよね。
わたしが変えたのは、娘やなくて自分の行動やった。
「言う」を「言わへん」に変えただけ。
娘は何も変わってへん。
でもわたしの見え方が変わったことで、娘との距離が変わった気がしてます。
たとえるなら、メガネのレンズが汚れてただけやったんよ。
レンズを拭いたら、同じ景色が全然ちゃう景色に見えた。
それだけのこと。
相手を変えようとしてたときは、ハッキリ言うてしんどかった。
でも、しんどさの原因は相手やなくて、相手の課題を背負ってたからやったんよな。
もちろん今でも「宿題しなさい」が喉まで上がってくることはある。
でも上がってきたとき、こう考えるようにしてる。
「これ、誰の課題やっけ」って。
大体それで、引っ込んでいく。
たまに引っ込まへん日もあるけど。まぁ、それはわたしの課題や。
それじゃあ今日はこの辺で。
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相手を変えようとするのをやめる。
— たまゆな (@tamayuna_chichi) February 26, 2026
娘が宿題せんでも「自分で気づけばいい」
妻が片付けせんでも「自分がやったらええか」
不思議やねんけど、相手は何も変わってない。
変わったのはわたしの見方と行動だけ。
相手を変えようとしてたときはハッキリ言うてしんどかったわ。…
最後までお読みいただきありがとうございます。
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