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念願だったルイジ・ギッリの写真展を見に行く

恵比寿の東京都写真美術館で開催されている「ルイジ・ギッリ 終わらない風景」を見に行ってきた。

とてもよかったので備忘録。

須賀敦子の本でルイジ・ギッリを知る

須賀敦子という作家が好きだ。

イタリアに住み、イタリア人に川端康成などの日本文学を紹介したりしながら、エッセイをたくさん書いた人である。

彼女のエッセイはイメージを想起する。読んでいると、ヴェネチアの街中の暗くて静かな雰囲気や、田舎町におりる深い霧といった土地の風景が頭の中に浮かぶ。一方で、人間を描く文章には好奇心と冷静な観察眼が共存したようなところがあり、出会って別れていった人びとへの想いが滲みでてくるようだ。

河出書房から出ている須賀敦子全集の表紙を飾るのが、ルイジ・ギッリの写真である。

「アトリエ・モランディ」のシリーズが各巻の表紙を飾る

淡い色使いや、水差しなどの「物そのもの」ではなく空間を満たす光を撮ったかのような作品は、まるで絵画のよう。

これは本当に偶然だったが、数ヶ月前にルイジ・ギッリの『写真講義』という本を手に入れていた。楽しくお酒を飲んだ勢いそのままに、三鷹の古本屋で手持ちの現金をはたいて買ったものだ。

こちらは旧版で、今は新装版がでているらしい

今回の企画展が開催されると知り、一気読みしたのはいうまでもない。

絵画をみるように写真を眺める

展示が始まって最初の週末に、相方を誘って写真美術館へ。

思ったより小ぢんまりした展示だったけれど、見応えは十分。事前に本で見ていた写真もたくさん展示されていた。(写真撮影は、1枚のみはNGだが引きで撮るのはOK)

フォトモンタージュという手法の作品
すきまから射す日差しが雨のような一枚
一番右の写真が今回のメインビジュアルであり、須賀敦子の本の表紙にもなっている

遠目なのでわかりづらいが、どれも絵画のようで、フィルムカメラで撮った写真である。絵のことはわからないけれど、フェルメールっぽいテイストの作品もあれば、コラージュのような遊び心のある作品もある。

ギッリは光の捉え方やフレームの取り方をとても大事にしていて、撮影するときは、刻々と変わっていく空気そのものを写すかのように、注意深く世界を観察していた。

単純に心のスイッチをONにすること、眼差しを活性化させること、現実の物や要素に別の意味を与えながらこれまで見えていなかったものやことを発見すること、これまでと違う方法で注視すること、こうしたことが重要なのです。

『写真講義』

ミュージアムショップの品揃えもよく、図録に加えてエッセイ集まで買ってしまった。

「次いつ展示が来るかわからんし」

展示会の後で

ほくほくしながら恵比寿ガーデンプレイスを少し散策。このあたりで都合よく遊べる場所も知らないので、帰ることにした。

好きなクリエイターにすぐに触発されるので、周りを撮った写真も気持ちギッリの雰囲気に寄せようとしている(単純すぎる)

ちょうどピクニックシネマの開催日だった
これは飛行機を入れたくて撮った
恵比寿は赤れんがが映える

帰りに寄った阿佐ヶ谷の居酒屋のイカごろ炒めまでギッリ風にしたがる。(めちゃくちゃいいお店だったのでまた行きたい)

GR3(ネガフィルム調)

図録を見ていて、ギッリの写真の透明感は、須賀敦子の文章とも通じるところがある気がした。

とくに初期のフランス写真は、まるで初めて物を見始めた人のようです。世界に目を見開き、すべて、のものが美しく見え、美しいものを探しに行くかのようです。こうしたことは人類の表象の歴史において、もっともすばらしいことのひとつでしょう。私が写真家だから、こんなことを言うのではありません。世界はもっとも美しいもの、もっとも魅力的なものだからです。

『写真講義』

総合的に大満足な展示会だった。期間中、チャンスがあればもう一度見にいこうかな。

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漆畑美佳 最後まで読んでいただき、うれしいです。 サポートをいただいたら、本か、ちょっといい飲みもの代に充てたいとおもいます。