40年目の高音と、老いを知ってから聴くロックの話—―a-haを聴いて思うことーー

中学生の頃、深夜のMTVで「Take on Me」を初めてみました。
手書きの鉛筆アニメと実写がヌルヌルと切り替わる映像でした。
そしてサビで突き抜けるモートンのハイトーンが、「アアアアー」という音の天を突き刺すような透明さは衝撃的でした。正直言うと、あの瞬間に脳裏に焼き付いてしまった。
当時の自分はメタルに傾倒していました。深夜3時からブラウン管の前に陣取って、ヘヴィメタルの番組をみるような中学生でした。だからa-haはどちらかというと「MTVのキレイな奴ら」という印象で、深くのめり込んだ訳ではありません。それでもあの声だけは忘れられませんでした。
「Hunting High and Low」も「The Living Daylights」もちゃんと聴いていました。ただ90年代に入り、オルタナの津波が押し寄せてくると、自然とそっちへ流されていきました。バンドにも嫌気がさして、やがてアコギのスラム奏法に傾倒していきました。押尾コータローが「Dramatic」でみせてくれた1本のギターがバンドになる世界に完全に心を奪われた時期でした。
a-haのことは記憶の棚の中にしまったまま、しばらく時間が流れました。


a-ha とは?

ノルウェー出身の3人組バンドです。
1985年に「Take on Me」で世界的なブレイクを果たし、米ビルボード1位・全英2位を獲得しました。手書きアニメと実写を融合させた革新的なMVはMTV時代の象徴となりました。その後も007主題歌の担当し、ブラジルでの19万人超の動員など、単なる「一発屋」に終わらない圧倒的な実力でヨーロッパを中心に長年愛され続けています。

ポップアイコンという呪縛

しかし世間は彼らを「MTVのルックスの良いアイドル」として消費し始めました。
モートンは完璧な高音を持つシンガーとして偶像化されて、人間としての内面には誰も興味を持たなかった。ライブのたびに「1985年のあの高音」を求められ、「絶対に失敗できない」という重圧が彼を追い詰めていきました。一方でメンバー3人は全員が繊細な完璧主義者でした。成功の規模が大きくなればなるほど、スタジオ内の空気は重くなり、人間関係には亀裂が入っていきました。それでも彼らは曲を作り続けました。
「The Sun Always Shines on T.V.」で全英1位を獲得し、映画「007 リビング・デイライツ」の主題歌を担当しました。1991年のロック・イン・リオでは約20万人を動員しました。ヨーロッパでは一貫して絶大な支持を得ながら、10年以上にわたって第一線に立ち続けました。
そして1994年にグランジの嵐の中でバンドは活動を休止しました。

再始動と大人のa-ha

1998年にノーベル平和賞コンサートへの出演をきっかけに3人が再び集まった。
これを機に本格的に活動を再開し、2000年にリリースしたアルバム「Minor Earth Major Sky」がヨーロッパで大ヒットしました。そこには「MTV時代のアイドル」ではなく、北欧の冷たい哀愁を纏った成熟したロックバンドの姿がありました。
2010年にバンドは「解散」を宣言し、ツアー「Ending on a High Note」をもって幕を引きました。しかし2015年にデビュー30周年を機に再結成し、2022年には最新アルバム「True North」を発表しました。ノルウェーの北極圏でオーケストラと共に一発録音された壮大な作品で、その声はまだそこにありました。
そして2025年にモートン・ハルケットはパーキンソン病の診断を公表した。

老いることを当時は考えていなかった

あの頃、ミュージシャンは不死身だと思っていた。
モートンは永遠にあの高音を出し続けると思っていたし、オジー・オズボーンはいつまでもあの奇怪なロックスターのままだと思っていました。MR.BIGのパット・トーピーは永遠にあのグルーヴを刻み続けると思っていました。若い頃は自分自身も年を取るなんて考えないから、当然憧れた人達も年を取らないような気がしていました。
でも気がつけば「Take on Me」のリリースから40年が過ぎていました。

パット・トーピーのことを思う

私はMR.BIGの「Bump Ahead」ツアー(1993年)からずっと彼らのライブに足を運び続けてきました。だからパット・トーピーの身体に異変が起きて、パーキンソン病の診断が公表されて、思うようにドラムが叩けなくなっていく姿を目の当たりにした時の衝撃は言葉にならなかった。

あれほど重く、正確でグルーヴ感に溢れたドラムがという現実を受け入れるのは本当に難しかったのです。

しかしパットは諦めなかった。叩けなくなってもタンバリンを手にステージに立って、コーラスでバンドを支えていました。最期まで「MR.BIGのドラマー」として生き続けました。その後ろ姿を見届けられた時、悲しみの中に確かな救いがありました。「彼の生きた証を見届けることができてよかった」と、心の底から思えました。

ラストツアーでは名盤「Lean Into It」を全曲再現してくれました。
日本のファンへの最高の恩返しでした。長年追いかけてきたファン人生の全ててが、あの夜に報われた気がしました。

声を守り続けるということ

考えてみると、モートンが「Take on Me」のあの高音を40年以上にわたって守り続けてきたことは常識では説明できない領域にあります。

あの曲のサビは普通のポップスとは次元が違います。
2オクターブ近く跳び上がる音域を何千回と繰り返してきました。
観客はいつも「1985年のあの完璧な声」を期待してステージに集まります。その重圧の中で彼は30代・40代・50代・60代と歳を重ねながら歌い続けました。2000年の「Summer Moved On」では一つの音を20秒以上伸ばし続けました。世界中が驚きました。それは「若さの爆発」ではなく、長い年月をかけて研ぎ澄まされた職人の技だったのです。華やかな世界の裏側にどれほど地道な積み上げがあったのかを今になってようやく理解できる気がします

代表曲と全作品——聴き始める人の為に

a-haを初めて聴く人にまず手に取って欲しい曲を挙げておきます。

まず聴いてほしい5曲

  • Take on Me(1985年)— 言わずと知れた世界的ヒットです。シンセのイントロからモートンの高音まで、80年代ポップスの頂点です。

  • The Sun Always Shines on T.V.(1985年)— 全英1位になりました。荘厳なストリングスと切ないメロディの実はa-haの本質に近い曲です。

  • Hunting High and Low(1986年)— ファルセットの美しさが極限まで活かされたバラードです。

  • The Living Daylights(1987年)— 映画007主題歌です。哀愁のある旋律が映画の空気感と完璧にマッチしています。

  • Summer Moved On(2000年)— 再結成後の傑作です。あのロングトーンを一度聴いて欲しいです。

スタジオアルバム全作

これからも見届けたい

パーキンソン病の進行は残酷にも時間をかけて身体の自由を奪っていきます。遠くない未来、モートンの声を聴けなくなる日が来るかもしれません。あの高音が出なくなる日が来るかもしれません。それでも彼がステージに立とうとするなら、その姿を最後まで見届けたいと思います。
パットを見届けたときと同じように重なるんですよね。
あの頃、中学生の自分にとってモートンはスクリーンの向こうの完璧な偶像でした。でも今、同じく年齢を重ねた自分が彼をみると、みえてくるものが違います。華やかな成功の裏にあった孤独や葛藤・偶像として消費されることへの息苦しさと、そして40年もかけて声を守り続けてきた職人としての地道さです。40年という時間をかけて、ようやく彼の音楽の本当の深さがわかった気がしています。「Take on Me」は今日も世界のどこかで流れています。80年代を知らない若い世代にとって、それはシンセウェーブの新しいクラシックとして響いています。そのことをモートンはどんな気持ちで聞いているだろうか?どんな姿になろうとも私は最後まで応援したいと思います。あの声が消えても、あの音楽は消えません。そしてひとつの音を20秒以上伸ばし続けたあの声の記憶は私の中に永遠に残り続けると思います。

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