2030年代のシルバー民主主義の再編――就職氷河期世代がもたらす政治構造の変化

いい加減目を覚ますのです。国民の半数が選挙にいきません。
どうせ変わらないとどこかで思っているはずです。無意識に刷り込まれた学習性無力感のせいなのです。

これまでみてきた「認識と実行の時間差」というパターンは今後の日本の政治力学にも影響を及ぼす可能性があります。特に就職氷河期世代が2030〜2040年代にかけて有権者の中核を占める大規模な世代となるという人口動態はこれまでの政策の遅れの帰結が、今後どのような形で政治に反映されうるかという論点として検討に値します。
この世代は長らく「努力不足」「自己責任」「代わりはいくらでもいる」と言われ、社会から虐げられてきました。
「フリーター」「勝ち組・負け組」「ワーキングプア」「アンダークラス」と何処までも追い詰められてきました。しかしもうすぐ復讐の時なのです。
学習性無力感から目覚める時なのです。
散々虐げてきた政治に「代わりはいくらでもいる」「努力不足」「自己責任」そのままやられてきたことを突き返すのです。

「認識と実行の時間差」 は上記の記事での言葉です。
日本は長い間、静かに破壊されてきました。
日本を滅ぼす行動と政治家の行動が奇妙な一致をするのです。
自民党をはじめとする与党とその周辺の野党に国民生活を破壊されてきました。
上の記事は25000字で長編ですが、この30年間の破壊を全て記載しています。

1. 数字の確認

就職氷河期世代(内閣府定義では概ね1974〜83年生まれ、厚生労働省定義ではより広く1968〜88年生まれ)は約1,700万人とされます。2040年には団塊ジュニア世代(この世代の中核)が65歳を超え、65歳以上人口が全人口の約35%に達する見込みです。ただし2030年代の高齢者層には団塊世代・団塊ジュニア・氷河期世代・それ以降の世代が混在する為、「最大のボリュームゾーン」という表現はやや踏み込み過ぎであり、正確には有権者の中核を占める大規模な世代と位置づけるべきです。

2. 「シルバー民主主義」の定義

本稿でいう「シルバー民主主義」とは高齢者人口が政治的多数派となることで、高齢者の利害が政策決定に大きく反映されやすくなる現象を指します。

3. 起こりうる政治力学

(1) シルバー民主主義の「終焉」ではなく「中身の変容」

従来のシルバー民主主義は高度経済成長の恩恵を受けて、マイホームを持ち、一定の年金と標準的な世帯形態(夫婦+子ども)を保持した層が中心でした。その為政策課題も「現行の年金・医療・介護給付の維持」という守りの利害で団結しやすかった。

しかし就職氷河期世代が高齢期に入ると、非正規雇用歴が長く、年金受給額が少なく、単身率も高いというこれまでの高齢者層とは異なる利害を持つ層が数の上で主流になります。論点は「シルバー民主主義が終わる」ことではなく「シルバー民主主義の中身が変わる」ことにあります。

従来のシルバー民主主義2030年代の「新・シルバー民主主義」高度成長を経験し、持ち家・標準世帯が中心就職氷河期を経験し、単身・非正規歴が中心課題は現行給付の「維持」(守り)課題は再分配の「再設計」(攻め)――住宅手当・最低保障年金・生活保護基準の見直し等「守るべき既得権」がある「守るべき既得権」が乏しい傾向にあります。

これは「高齢者はみな同じ政策を望む」という前提そのものを崩す可能性があります。

シルバー民主主義

(2) 特定の政党だけの問題ではない

補論1で確認した通り、就職氷河期世代への対応の遅れは自民党単独政権だけでなく、非自民連立や民主党政権もまたいで続いてきました。1990年代後半から2010年代にかけての労働法制改正や雇用の流動化・支援施策の後手はいずれの政権時代にも共通してみられました。

従って、この世代が投票行動で意思表示をするとしてもその矛先が単一の政党に向くとは限りません。むしろ「どの政党であれ、この世代の利害を代弁できなかった既存政治全体」への不信任という形を取る可能性の方が、データと整合的であります。結果として想定されるのは特定野党への単純な政権交代というより、次のような票田そのものの再編です。

【従来】    持ち家・標準世帯層 vs 労働組合・都市利害
              ↓
【2030年代】単身・低年金・非正規歴保有層(中核票田)をめぐる与野党の争奪

(3) 与党側が先回りして取り込む可能性

政治は通常、大きな票田を放置しっません。就職氷河期世代が有権者の中核になると分かっている以上、与党・野党を問わず、この世代向けの政策(高齢期の生活保障・単身者向け住宅政策・非正規雇用歴を踏まえた年金の再設計など)を先んじて打ち出す競争が起きる可能性が高いです。実際、2025年には石破政権のもとで「就職氷河期世代等支援に関する関係閣僚会議」が発足しており、与党側もこの世代を意識した動きを既に始めています。

(4) 投票率という制約

この世代が数の上で中核になっても投票率が低ければ政治的影響力には直結しません。就職氷河期世代は現役世代時代から政治参加への諦めて(学習性無力感)が指摘されてきた世代でもあります。「数が多い=政治を変える」という単純な図式が成立するかどうかはこの世代自身の投票行動にかかっています。

動力学予想される帰結諦念の継続(低投票率)数が多くても票にならず、政治側は抜本改革を後回しにし、従来の集票組織を優先し続ける与野党の先取り政策競い高齢期支援・単身住宅政策・年金補填などが競って提示され、対立というより「制度の既成事実化」が進みます。


動力学と帰結

(5) 氷河期世代向け政策と「財源」という発想の限界

住宅手当や最低保障年金の議論では必ず「財源をどうするか」という問いが立てられます。しかし自国通貨(円)建てで国債を発行できる政府にとって、支出の可否を決めるのは通貨の有無ではありません。歴史を振り返れば明治政府は近代化への投資を安定した税収基盤が整う前に太政官札や国立銀行券による信用創造で先行させました。まず動き、税制はその後で整えられた。
真の制約は「お金があるかどうか」ではなく、住宅・介護・医療といった実物サービスを供給できるかどうか、そしてその供給が追いつかない場合に生じる物価上昇にあります。2026年時点のコアCPIは日銀目標の2%を下回って推移しており、名目上の制約を理由に政策を先送りする根拠は乏しくあります。問われるべきは「財源があるか」ではなく、「介護・建設等の担い手をどう確保し、供給のボトルネックをどう解消するか」なのです。

4. 小括

2030年代に就職氷河期世代は数の上で有権者の中核ブロックになります。
この世代の利害(非正規雇用歴・低年金・単身率の高さ)は従来の「シルバー民主主義」とは異なる政治的要求を生む可能性が高いと思います。ただしこれが特定政党への一方的な審判として結実するかどうかは ①この世代自身の投票率 ②各党がどれだけ早くこの世代の利害を政策に反映できるか、という2つの不確定要素に左右されます。

本稿がこれまで一貫して確認してきた通り、政策の遅れは特定政党に限定されない構造的な問題ではあります。今後の政治的帰結についても単一の主体への「復讐」という物語よりも与野党双方が新たな中核票田を巡って競争する構図として捉える方が、実態に近いと考えられます。

就職氷河期世代は人口構成の変化によって、2030年代以降に日本政治においてこれまで以上に無視できない存在となる可能性があります。しかしその影響は自動的に現れる訳ではありません。投票率・政治参加・政策提案・政党間競争という民主主義の過程を通じて初めて政治的影響力となります。
すなわち2030年代に問われるのは「氷河期世代が多数派になるか」ではなく、「多数派となった世代が主権者としてどのように行動するか」です。

5. 「自己責任」から「説明責任」へ

30年間も国民は「自己責任」という言葉で、多くの困難を個人の問題として受け止めるよう求められてきました。しかし人口減少・賃金停滞・地域の衰退といった現象は個人の努力だけでは説明できない構造的な課題でもあります。だからこそこれからは国民が一方的に自己責任を負うのではなく、政策を実行してきた政治の側にこそ、その結果についての説明責任(アカウンタビリティ)を求める時代だと言えます。

民主主義はオセロに似ています。一枚一枚の石は小さくても最後には盤面全体がひっくり返ることがあります。その石とは一人ひとりの一票です。
2030〜2040年代に有権者の構成は大きく変わります。その時、問われるのは誰かへの復讐です。30年間の政策を検証し、結果に基づいて政治を選び直すことです。「自己責任」を国民に求め続けたのであれば今度は政治にも政策の結果についての説明責任を求めるのです。――それが、民主主義における主権者の役割です。別に焼き土下座でもいいのです。
政治にこの人ではないとできないというものはほとんどありません。
嫌な人間は落選運動で「代わりはいくらでもいる」と無職にご案内するのです。

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