「エルフ」と書けば勝手に「杖」が出る。AIの「手癖」を防ぐために、私が設定を書き換え続ける理由。
こんにちは。AI共創作家の 田邑 或(たむら・あるく) です。
カクヨムとなろうで連載中の『勝者の法』、おかげさまで第3章に突入しました。
私は普段、Cursor や Google AI Studio、そして Antigravity といった複数のAIツールを駆使して執筆しています。
今日は、「設定ファイル(指示書)のブラッシュアップ」という、一見地味ですが重要な作業についてお話しします。
◆ 「書かれていないこと」が、これほど重要だとは
私は執筆を始める際、AIに読ませるための「キャラクター設定資料(Markdownファイル)」を作成します。
連載当初の設定ファイルは、以下のような記述でした。実際のファイルから抜粋します。
・田中 翔一 (29): 主人公。元悪徳弁護士。文盲。武器は六法全書とハッタリ。最短で最強の資格「代弁人」を目指す。目的のためなら手段を選ばない(が、結果的に弱者を救う)
・リンネア (320): ヒロイン。エルフの『星付き』弁護士。法曹歴20年。翔一のためにポーション(転売して事務所移転費にしようと思っていた)を使ったため貧乏。翔一の監督役として同行。超真面目な堅物。翔一を「ガキ」扱いするが、彼の「目」となり共に戦う
翔一には「文盲」、リンネアには「エルフの弁護士」と書いてあります。
正直なところ、私はもっとシンプルな共創関係を想像していました。
AIに下書きを書かせてみて、足りない描写を私が補い、おかしなところがあれば修正する。そうやって二人三脚で進めばいい、と。
ところが、AIは「足りないところ」を空白にして待ってはくれませんでした。
勝手に要素を追加してきたのです。それも、よりによって「魔法」を。
私はこの作品を、安易な魔法に頼らない「知恵と法律の戦い」にするつもりでした。
なのにAIは、ピンチになるや否や、ヒロインに杖を構えさせ、詠唱を始めさせたのです。
「よりによって、一番やってほしくないことを……」
それは、AIの優秀さに感心すると同時に、こちらの意図が伝わらないもどかしさを痛感した瞬間でした。
◆ 【実際の執筆時のやり取り】AIによる「確率的な補完」
これは、最新の第3章 第1話『鉄の味のするパンと、荒野の洗礼』を執筆していた時の実際のやり取りです。
ケース1:主人公の視点と「文字」の問題
(シーン:揺れる馬車の中で、ヒロインが読書をしている場面)
AIの出力(ドラフト):
彼女の細い指先は、分厚い革表紙の法律書――『大陸法判例集・第十二巻』の上を滑っている。
私(人間)からのツッコミ:
「翔一目線の地の文なので、本の題名まではリンネアに聞かないとわからないはずです。設定に『文盲』と書いてありますよね?」
ケース2:戦闘シーンでの「武器」の問題
(シーン:巨大な魔獣『岩猪』が襲ってきた緊迫の場面)
AIの出力(ドラフト):
「うわっ、デカい!」
俺が腰の短剣(飾り)に手を伸ばす。リンネアが杖を構え、詠唱を始めた。
私(人間)からのツッコミ:
「まず翔一ですが、街を出るときにドワーフから『万能工兵斧』をもらったはずです。それに変更してください。短剣なんて持っていません。
それと、リンネアは魔法使いではありません。これまでの話でも杖の描写はありません。なぜ急に魔法を使おうとしたのですか?」
……いかがでしょうか。
AIは放っておくと、勝手に「主人公にありきたりな短剣を持たせ」たり、「エルフに杖を持たせ」たりしてしまうのです。
直前の章で「斧をもらった」というストーリーの文脈よりも、「ファンタジーの旅人なら短剣だろう」という世間一般の確率を優先してしまうのです。
◆ なぜAIは勝手なことをするのか?(技術的な理由)
なぜAIは、設定や文脈を無視してまで「よくある描写」をするのか。
それはAIに意思があるからでも、気を利かせたからでもありません。おそらく、「大規模言語モデル(LLM)の仕組み」に従って計算された結果なのだと思われます。
現在の生成AIは、基本的に「次に来る確率が最も高い言葉」を予測して文章を紡いでいます。
AIは世の中に存在する何億という物語データを学習していますが、その膨大なデータの中では:
「異世界転移の主人公」といえば → 「文字が読めて、短剣を持っている」
「エルフ」といえば → 「杖を持って魔法を使う」
というパターンが圧倒的多数を占めています。
私が初期設定で「魔法は使えない」と明確に否定していなかった(空白だった)ため、AIの中で「ここには何も書かれていないが、確率計算上、エルフなら杖を持っているのが最も自然である」という計算結果が導き出され、自動的に補完してしまったのでしょう。
このように、学習データの中に存在する「偏り(多数派のパターン)」のことを、専門的には「学習データのバイアス(Training Data Bias)」と呼びます。
これが、AIが確率で言葉を選ぶ仕組みです。
私はこの、AIが空白をステレオタイプで埋めようとする現象を、「確率の重力」と呼んでいます。
◆ 「重力」に抗うために、設定を書き換える
この「重力」に気づいてから、私は設定ファイルの書き方を変えました。
元の設定はそのままに、「AIが確率計算で導き出しそうな間違い」を先回りして否定する(釘を刺す)一文を追加したのです。
・田中 翔一 (29): 主人公。元悪徳弁護士。文盲。
(追記):非識字者(イリテラシー)。看板や本のタイトルは「ミミズの
ような記号」に見えている。絶対に読ませないこと。
・リンネア (320): ヒロイン。エルフの『星付き』弁護士。
(追記):エルフだが魔法は使えない。杖などの武器は所持していない。
AI共創とは、単に「書いて」と命令するだけではありません。
AIが出してきた「よくある間違い」を見て、「ああ、AIはここを空白だと認識して、ステレオタイプで埋めてしまったんだな」と学び、指示書(プロンプト)の方を修正していく。
「AIの出力を直す」だけでなく、「AIへの指示書を育てる」。
この繰り返しこそが、AIとの共創における本当の「執筆作業」なのかもしれません。
そんな試行錯誤の末に生まれた『勝者の法』。
不便で不器用な彼らの旅路を、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
▼『勝者の法』を読む
【小説家になろう】
https://ncode.syosetu.com/n3548lk/
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/822139840025775774
【執筆・構成に使用しているツール】
Cursor (AI搭載コードエディタ)
現在のメインツール。「執筆者」「編集者」「マーケター」の3役を任せ、プロジェクトの中心として活用しています。Google AI Studio (Gemini 3 Pro Preview)
主に文章の「校正」担当。また、Cursorがトークン切れを起こした際の頼れるサブツールとしても活用しています。Antigravity (Google製 AIエディタ)
※試験導入中。次世代の執筆環境として検証を進めています。
【AIの仕組みに関する参考文献】
本記事で触れた「AIが確率で言葉を選ぶ仕組み」や「学習データのバイアス」については、以下の論文を参考にしています。
『Attention Is All You Need』 (Vaswani et al., 2017)
現在の生成AI(Transformerモデル)の基礎構造を確立した論文。
https://arxiv.org/abs/1706.03762『Language Models are Few-Shot Learners』 (Brown et al., 2020)
大規模言語モデルが、膨大なデータから「次に来る言葉の確率」を学習する仕組み(GPT-3)に関する論文。
https://arxiv.org/abs/2005.14165
