日記|匿名の二人に感謝を込めて|20260202
「人生は何が起きるかわからない。」
もはや、言い古された格言だ。
ぼくはこの言葉を、自分自身の思考や言動が全く関与しないところで起きた事象のせいで/おかげで、人生は悪化/好転してしまう、という意味だと捉えている。
もちろん、自分自身の意志で起こした行動が、結果的にどうなるかわからない、という意味も含んでいるのは理解している。
しかしやはり、ぼくは前者の意味で、この言葉を使いたい。
そうすると、この言葉は希望を示すスローガンにもなるし、同時に、現実逃避を助けてくれる言い訳にもなってくれる。
都合の良いように解釈をする態度に対して、快く思わない人もいるだろうが、ぼくは可能な限り適当に、そして前向きに生きていきたいので、どうか許してほしい。
話は変わって。
ぼくはインターネットラジオを聴くのが好きだ。
中でも、最近特にハマっているのが「匿名ラジオ」という番組。
Webメディア「オモコロ」が毎週木曜日に配信している番組だ。
オモコロ自体は数年前から読んでいたのだけど、ラジオはほとんど聴いたことがなかった。
たしか、ちょうど昨年末あたりに、食器を洗うついでに聴き始めたのが、この番組にハマるきっかけだったと思う。
それからというもの、作業をするとき、家事をするとき、出かけるとき、睡眠導入用など、生活のあらゆるスキマ時間で聴き続けている。
ほかのラジオを聴かなくなったぐらいだ。
その「匿名ラジオ」が、最新回更新分でついに500回目に突入した。
10周年を目前に控えた番組だが、先んじて記念すべき節目の放送回数を迎えたのだ。
そんな彼らが、500回記念に放送したのがコチラ。
総尺500分(8時間20分)のラジオを放送したのである。
凄まじい狂k…いや、クリエイティビティだ。
「500回記念だから、500分の番組を放送したら面白そう!」というのはまだわかる。
しかし、それを実行するのは誰にでもできることではない。
しかも、500分の番組を放送したから面白い、のではなく、500分間のトーク自体が面白いのだから、まさにマスターピースと言って差し支えない一本になっている。
なんかこう、オモコロの真髄というか、深淵というか、パーソナリティの二人がオモコロの編集部として勤務している意味が理解できたような気がした。
今回の放送分は超長尺になっているため、区切りながらの視聴が推奨されている。
YouTubeの動画概要欄では、各セクションごとにA~Xの通し番号が割り振られていて、好きなところから再生できるようになっている(こういう丁寧な案内も番組の魅力の一つだ)。
その中で、ぼくが一番好きなコーナーが『W 500回記念!匿名ラジオ第1回目を聞いてみよう!』だ。
文字通り、約10年前の第1回の配信を二人が視聴するコーナーで、聴きながら解説やツッコミなど、適宜コメントを入れていくスタイルになっている。
ぼくがこのコーナーを好む理由は、コーナー後半でのダ・ヴィンチ・恐山氏のコメントが刺さったからだ。
恥ずかしいけど、「恥」ではない。
黒歴史なんかでは全くないです、これは。
グッとくる言葉だ。
自分たちが作ってきたものに対して、真摯にそう言い切れる姿勢は、本当に尊敬する。
かっこいいと思える。
そして、この言葉を受けて返答するARuFa氏の嬉しそうなリアクションも良い。
ぼくはただの視聴者に過ぎないが、それでも、胸に込み上げるものがある。
本人たちも指摘していた通り、第1回の放送と、第500回の放送を比較すると、クオリティが全然違うことがわかる。
しかし、過去の放送を「ダメなもの」と評価するのではなく、その放送の延長線上に今の自分たちがいることをちゃんと認識しているのだ。
これは全てのクリエイターが見習うべき姿勢だと思う。
実際、ぼくはかなり反省した。
いや、自分をクリエイターだと思ったことは無いけど、こうしてインターネットの世界に向かって、何かを作って投稿する趣味があるのは事実だ。
しかしぼくは、結構頻繁に過去作を消去してしまう癖がある。
それは過去の自分が作ったものに対して「ダメなもの」だと評価してしまうから。
現在地と照らし合わせたときに、残しておくべき価値が無い、と、安易に切り捨ててしまうからだ。
ただ、創作活動とはそういうものではないのだ。
過去の自分が生み出してきたものと、今の自分が取り組んでいるもの、そしてこれから生み出していくものは、全て地続きで繋がっている。
創作とは、点を置く行為ではなく、線を結ぶ行為なのだと、彼らの素直な言葉と真摯な姿勢から、学ぶことが出来た。
今、自分が考えて、実際に作っているものに対して、これで良いのだろうか、と、何度も疑問に思う瞬間がある。
ぼくの創作に価値があるのか、意味があるのか、常にその不安が、ぼくの後ろを付いてまわる。
でも、その答えは、今すぐにわかるものではない。
何日後か、何カ月後か、あるいは何年後かに、思いがけない形で結実するかもしれない。
「人生は何が起きるかわからない」からこそ、目の前の不安が、やがて希望に変わるように、地道に継続していくことが大事なのだ。
もし今後、先行きが見えない漠然とした不安に襲われそうになったとき、ぼくは何度でも、彼らの言葉を聴きに帰るだろう。
最後に、「匿名ラジオ」放送500回記念、おめでとうございます。
これからも末永く、この番組が続きますように。
感謝、尊敬、祝福を込めて。
