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189.退屈もフェイクですーー🤷‍♀️🤷‍♀️

善悪の視点がなくなり【 Ness 】の状態でいられる時間が長くなってくると


「 退屈! 」


と自我さんは言い出す。


目標に向けて「 頑張る! 」ということがなくなり

モチベーションも湧かなくなり

比較や優劣という概念が薄まり

感情の起伏も少なくなる


そんな凪の状態を「 氣力がなくなった 」とか「 虚無 」だとか「 楽しくない 」などと表現し、あたかもネガティブなことのように捉えさせようとするけれど。。。


ダマされないで! 

それワナですからーー!!


そもそも「 何かに夢中になる 」とか「 モチベーションが上がる 」なんて状態の方が偽りで。


👆これらは


幼少期、両親に望んでも叶えられなかった思いを「 これなら埋められる! 」とエゴちゃんが照準を定め


その対象( 仕事、恋愛、趣味など )に向けて熱くなっている状態のこと。


三次元では、何かに熱中するなんていうのは、やる氣に満ちているように思われているけれど


実はエネルギーの観点からすると氣が満ちているどころか、不足している状態なのだ😱


ないものを無理くり「 上げよう! 」と頑張っている。


だから内側では疲弊している、というのがホントのところ。


この真実に氣づき、「 ただ生きている 」という状態になってくると、自我さんは慌てる。


自分の存在が消えてしまうように感じるからだ。


「 刺激に反応する 」ことで、その存在価値を示してきた自我さんにとって


反応できなくなる=存在しなくなる、ということであり。。。


だから


「 退屈 」というフェイクの感情を作りだし


刺激を “ 仕入れ ” にいく。



人によって仕入れ先は様々だけれど


ある人は、人間ドラマを作り出すために趣味やボランティアなどの新たなコミニュティに参加したり


またある人は、目新しい情報を入手しようと他者のSNSをのぞいたり、youtubeを渡り歩いたり


ほかにもドラマや映画、マンガ、小説などで感情の仕入れを試みたり


また食事に行く、旅に出る、ショッピングするなどという、それらすべての行為は


ホントにそれを求めているのではなく、「 退屈を埋めたい=刺激がほしい 」というのが本質ではないだろうか。


それが証拠に、それで一時満たされた氣になっても、時間の経過とともに「 なんかつまらん。。。 」とまた新たな刺激を求めに行く、というのが繰り返えされているのが自我の日常だ。


Mr.DXのセッションを受け始めのころ、言われたことがある。




自我さんが立ち上げる


「 あれやりたい 」「 これしたい 」という欲求を


どれだけ抑えられるか?


意識の状態にシフトするときのポイントのような氣がしています。


『 自我の欲求 』/【 Ness 】


Mr.DXが言っているのは「 やりたいことをしてはいけません 」というのではなく、


自我に迎合同意して欲求のおもむくまま、無意識のままそれをやってしまうのか


それとも


そこで一旦停止できるか否か、というのを問うているような氣がしており。


一度止まって、「 やる/やらない 」を決めるのではなく、



それが「 刺激の仕入れ 」由来のものか、


「 意識からの直感 」なのか


精査する氣づきを持ちましょう、と言っているのだと。

『 氣づきをもつ 』/【 Ness 】


この視点を持っているだけで、エゴちゃんのトラップに氣づける頻度が増えるような氣がしており。


何かを求める動きがあるときは要注意。


それは刺激の仕入れ? それとも意識からのメッセージ?


「 退屈 」という名のニセ感情にダマされないで~🍎🍎





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