20.虚しさ。
定期的に「虚しい」がやってくる。
いま何度目かの「虚しさ」発生期間中だ。
理想がなくなり目指すGOALもなくなると、「夢」や「楽しみ」、「欲望」といったものが消えていき、「生きる希望が薄れていく」感じがする。
それが心地悪く、「何が起こってる?」と、セッションでMr.DXに尋ねたことがある。
すると彼はこんな風に教えてくれた。
「虚しい」という感じ、つまり「虚無感」ですよね。
自我はイヤがりますが、意識の状態からすると「目覚めが進んでいる状態」です。
なにもない「無」の感じ。
自我はそれを「物足りない」とか「虚しい」とネガティブに表現しますが、物の見方がなくなっていくと自然とそうなっていきます。
そこに「いい悪い」はありませんが、悪い状態ではないですよ。
フィクションの世界にいたときは、いつも何かを目指して生きていた。
そこには目標やモチベーション、意欲や欲望、楽しみがあった。
もちろんそれと同じぐらい、いやそれ以上の苦しみや葛藤もあったけれど「達成感」もあって。
それが「生きる」こと。
「人生」だと思っていた。
そんなことを話すと、彼はこうも言った。
「モチベーション」って三次元の世界ではポジティブに捉えられていますが、
自然界でモチベーションを持って咲いてる花を見たことがありますか?
見て!見て!見て!見て!
咲いてるよーーーー!!!!!
って花、いますか(笑)?
もしくは太陽が意欲的に昇りますかね?
野性の動物たちは目標を持っていきてますか?
モチベーションや意欲、目標もすべてフィクションだとしたら?
「モチベーションのある花」には笑ったけれど、
確かに自然界にいるものは「ただ生きている」、それだけだ。
そこに目標や意欲、モチベーションなんて求めない。
というかそんな概念すら持ち合わせていないのだろう。
セッションを受け始めた当初、よく「人生の意味」や「生きる価値」「存在する理由」について尋ねていた。
「人生の意味って何ですか?」
「生きる価値ってなんですか?」
「存在する理由ってあるんですか?」と。
人は色んなものに「意味」や「価値」、「理由」を求めますが、その答えを得るために必要となるものは何だと思いますか?
人との比較です。
誰かと比べなければ、それが「意味のあること」「価値のあること」だとは分からない。
比較を生むということはそこに優劣が生まれ、ジャッジが生まれる。
そうなるとどうなりますか?
ジャッジの先に待っているものは?
「意味」や「価値」「理由」を求めることが、自己ジャッジの源泉を作っているとしたら?
興味深いですね~。
最初のころは、Mr.DXの話すことの真意がよくわからなかった。
けれど自我の構造を知るにつれ、それらすべてが自我の巧妙な策略で、そこにはめられていたから生じた疑問なんだということがわかるようになった。
結局のところ。
目標や意欲、モチベーションなんかいらなくて。
意味や価値、理由なんてものもなくて。
物事は「ただ起きている」「ただ流れている」。
人生に「意味」や「価値」、「理由」を求めることが「苦しみ」を生む元になっているとしたら?
「生きるため」に何かするのではなく「ただ生きている」。
それだけでいいとしたら?
理由なんていりますか?
そこに意味や価値が必要ですか?
セッションを重ねる中で、自我の構造を知って行く中で
あぁそうなんや。
そうやったんや。
と思いながらも、「虚しさ」がやってくるたびにそれを「違和感」としてジャッジする自我2がいる(氣づいてますよ、自我さん)。
ここに氣づけるようになり、少しはラクになったけれどまだモヤモヤは残っており。。。
「自我2がそう思っているんやね~」と俯瞰しつつも。
「虚しい」という反応に内在している「善悪」を紐解いてみた。
つづきます。。。。。🍎
