庭の話/宇野常寛
「家」はかつて生活の場であるだけでなく、生産の場であったことが知られています。
現在(いや、正確にはすこし前まででしょうか)の核家族のように親子が仲睦まじく、親が子を扶養する(さらに前なら夫が妻も扶養する)形態の生活共同体であっただけでなく、子どもも含めて一家総出で働くことが当たり前だった農村、漁村に代表されるように自営業・中小企業のような生産の場でした。
実際、1897年の時点では日本の第一次産業従事者は72%であり(同時期、米は37%、英は9%)、その後、総人口が増え、それが都市部の人口だったので、地方の一次産業人口の割合が相対的に減ったものの1940年まで一次産業人口は減らなかったといいます。都市部においても、戦後の高度経済成長期を迎えて、産業の中心が工業や商業に移ったのちの1960年の時点でさえ、全就業者のうち、自営業主と家族従事者の割合は、約半数の49%です(アメリカ16%、西ドイツ23%)。そのくらい、かつての家は生産の場であり、いまでいう会社と大差のない集団だったわけです。
そうした一家総出で働く、生産の場であった家(あるいは、さらに家といまほど境のなかった村落共同体)においては、男性は仕事、女性は家事というひと昔前(地方であればいまも残る)近代的な性別役割分業は存在していませんでした。
『「家庭」の誕生』で著者の本多正隆さんによれば「一家総出で働き、身を寄せ合う家族には、一瞬も連帯感や貧しい者同士の情緒的で緊密な結びつきが形成されることもあった」といいます。「庶民階級の子どもは労働力としてカウントされることが多く」、家のなかで子どもの教育やしつけも「上層階級では行儀作法のしつけが重んじられていたが、農漁村の庶民では家業を継承させるための労働のしつけがメインであり、親だけでなく共同体単位で行われた」そうです。子どもにどうなってほしいか、あるいは、子どもを自分たちの共同体においてどんな存在として位置付けているかが大いに違っています。第1次産業が人間の生きるためのシステムである環境においては、子どもの教育はいまでいう学校教育でも、家庭での育児やしつけでもなく、生産現場でのOJTといってよいものです。それは子どもは将来独立して働く存在ではなく、いますでに自分たちと協働して働く存在として見られていたことを意味するでしょう。会社に新人が入ってきたり、後輩の面倒をみるのと同じことが、子どもに対する姿勢であったのだと思います。
そのくらい人はいまのように生活のことばかり考えずに、かつては同時に自分たちが生きていくための生産に直接関わっていたのだということをイメージするとよいわけです。

しかも、それが19世紀終わりの時点なら全人口の72%を占めていたという現実を。さらにいうなら、その仕事は第1次産業としての農業、漁業、林業という人間のコントロールが及びきらない動植物や天気に左右される非人間的な環境との協働であったということを、この様々な危機に見舞われたいま、僕たちは想像できるようにしたほうがよいはずです(そして、想像するための知識を獲得したほうがいい)。
家の外にでる
という前書きを置いたうえで、宇野常寛さんの『庭の話』のこんな記述。
「家」族から国「家」まで、ここしばらく、人類は「家」のことばかりを考えすぎてきたのではないか。しかし人間は「家」だけで暮らしていくのではない。「家庭」という言葉が示すように、そこには「庭」があるのだ。家という関係の絶対性の外部がその暮らしの場に設けられていることが、人間には必要なのではないか。
家のことばかり考えすぎ。確かに、家庭を心のよりどころとする価値観で、現代社会では多くの人が抱えるといわれる「家族中心主義」のようなものが議論になったりします。国家に関しても、アメリカでトランプがまた大統領に選ばれたようにナショナリズムが台頭しやすい状況になっています。家庭の場合も、国家の場合も、その19世紀半ばから後半にかけての成立期からその後の安定・定着期に比較すると、社会環境的にも危機に瀕しているわけで、そうであるが故によけいに「家」が議論の対象になりがちなのでしょう。
「家」族のほうに関して絞れば、本多さんも明らかにしているように、それまでの家父長制に基づく生産共同体としての家族に対して、都市部において明治の中期、1920年頃から新中間層と呼ばれた官公吏、会社員、職業軍人、教員といった職業に就く「サラリーマン」が誕生してきます(このあたりが本多さんの本のテーマである旧来の「家」かから「家庭」への変化が起こる地点です)。
1920年時点で全人口の5-8%(東京市では21.4%)しか占めていなかった新中間層は、地域共同体から独立した核家族世帯であり、その後の性別役割分業が主流となる近代家族というモデルの形成を推進する担い手でした。彼らは、子どもに継承する家業や強力な財産をもたなかったため、将来、自分たち同様の暮らしを子どもたちにもしてもらえるよう、子どもの学歴を重視しました。
そうして、子どもは「仕事」の領域から除外され、母親も性別役割分業で同様に仕事から切り離され家庭に閉じ込められます。父親も、従来のように動植物や天候に左右される第一次産業ではなく、対人的だったり、書類や知識を相手にしたりするような仕事をするようになっています。そこからは宇野さんが言うように、人間は閉じた「家」に囲まれて暮らすようになり、その外部に触れることが難しくなったといえるでしょう。

宇野さんの本は、人間同士の閉じた「評価」や「承認」ばかりが重視される状況を問題視し、その状況を作り出しているプラットフォーム中心の社会からの脱却の方法を検討するものです。XやFacebook、Instagramなどのプラットフォームが支配する評価と承認ばかりが重視され、もはや情報の内容やらその背後の現実の生活などが軽視されてしまいがちな現代の社会環境から脱出するために、「庭」という場の検討を進めていきます。その脱却の糸口と考えているのが、新しい社会的な場のモデルとしての「庭」です。
そして、その〈#3「庭」の条件〉の時点で掲げられるのが以下のような3つの「庭」という場がもつ条件です。
第一にまず、「庭」とは人間が人間外の事物とのコミュニケーションを取るための場であり、第二に「庭」はその人間外の事物同士がコミュニケーションを取り、外部に開かれた生態系を構築している場所でなくてはいけない。そして第三に、人間がその生態系に関与できること/しかし、完全に支配することはできない場所である必要がある。
この3つの条件と、それを導き出した流れを僕は非常に共感をもちつつ読んでいました。これは僕自身がずっと問題視して、いろんな本を読み、仕事のなかでも検討してきたこととも大いに重なるなと感じて共感をもったからです。そして、なんらかの新たな考察のヒントが得られるのではないかとその後も期待して読み進めたわけです。しかし、その期待は読み進めるほどに消えていきました。読み進むほどに、その論に対する違和感と知識や考察の不足ばかりを感じるようになっていったのです。
置き忘れられた「人間外の事物」
読み進めていく中で違和感を感じたのは、宇野さん自身が「庭」の条件として挙げてある「人間外の事物」に人間が触れることや、その事物同士が互いに関係しあうことへの考察することがあまりに少なく思えたり、限定されているように思えたからです。「人間外の事物」の重要性を挙げているにも関わらず、議論の中心は〈#6 「浪費」から「制作」へ〉や〈#7 すでに回復されている「中動態の世界」〉のように、國分巧一郎さんの『暇と退屈な倫理学』や『中動態の世界』に立脚したあくまで人間側の「退屈」や「責任」の話が中心に展開されていきます。
もちろん、それは人間が自分たちの外部に触れなくなっているという現象やそのことによる影響を詳しく考えるという意味では大事なことではあります。
國分の結論は「浪費」へ回帰するために環世界を移動し、そこにしっかりとどまっにて「動物になる」ことだ。そしてそのためにまず「暇」の拡充(労働条件の改善)をおこない、その時間的余裕を用いて「動物になる」能力を獲得するための訓練をすることだ。それは言い換えれば事物そのものを受け止める訓練だ。Instagramに投稿し注目を集めるための食べ歩きでは、味そのものを受け止めることがおろそかになる。しかし、重要なのは「味」そのものを受け止める能力にほかならない。この訓練とは違いがわかるためのリテラシーや技術の習得だと考えればよいだろう。
今日の情報技術は「中動態の世界」を回復させてしまっている。にもかかわらず、私たちの社会とそれを記述し、かたちづくる言葉はこの新しい「(技術的な)中動態の世界」に対応していない。(中略)プラットフォーム上の因果の可視化はむしろ、人間を責任の自覚から遠ざける。つまり、ある不可避の構造が可視化されたとき、人間は自然状態では「これは自己ではコントロールできないことだった」と考え、自己の責任を認めない。そこで周囲の人間のサポートにより、誰もが同じ構造に置かれているのだら、誰もが被害者であり加害者でもあることを示す。その上で、誰もが責任を自覚しないといけないという論理に導く。このようなステップを踏むことでようやくその人の内面に「責任」を生成させることができるのだ。
こうした指摘は確かに正しいと思うし、大事なことだと思います。しかし、その論ずるところは、あくまで敵視の対象であるプラットフォームの経済の内部や、その前の物的消費の経済の内部の話が中心となってしまっていて、その外部としての人間外の事物について語られる場合でも、上のように個々の人間が、経済的な評価やプラットフォーム的な承認という側に抵抗していくための対抗軸としてみた「制作」やそれらを通じた個人の「変身」の話になってしまっているのです。そうした人間的観念の世界から抜け出すことを問題視しているはずが、あくまで議論されているのが人間の社会の内部の話になってしまい、重要な条件として掲げたはずの人間外の事物が置き去りにされて議論の対象になっていないことに違和感を感じたのです。
たとえば、イメージを広げるためにエマヌエーレ・コッチャが同じく「家」のことを問題視し、その旧来的な概念の外に出るための思考を展開している『家の哲学』のこんな一文を紹介してみます。
時とともに、気づかないうちに、家は他種の生からわたしたちの生を分離するために、つまり、あらゆる自由で相互的な共生を不可能にするために考えられた機構へと変様した。家の壁の内側に、珍しいかたちのノンヒューマンの生を養子として迎え入れても、生物学的多様性の恐怖がなくなることはない。家は他種、もっと言うと、あらゆる種との戦争を表現しつづけている。
この分離の理由――この戦争の原因――は神秘的だ。街と家が、あらゆるかたちの生物多様性を積極的に攻撃する、モノカルチャーのプランテーションであるだけではない。近代の家はなにより、わたしたちの種に属さないすべてのものの、積極的な虐殺である。あたかもわたしたちは、(わたしたちの住まいの戸口をまたぐことに成功したイヌ、ネコ、ツグミ、あるいはネズミをのぞく)生きものが、自分のアイデンティティを危険に曝すことを恐れているかのようだ。
考えてみればわかることですが、人間外の事物の、人間社会からの排除はプラットフォーム社会云々よりはるか前に生じています。あとで見ますが、その転換点(フーコー流にいえばエピステーメーの変化点)は17世紀の初頭です。セキュリティや衛生観念から、そうなったと考えがちですが、この人間/それ以外の事物を分ける不公正な階層的二元論の中心にあるものを、コッチャは(も)「不公正のなかで最も大きなものは、アイデンティティである」と言い方で示しています。だからこそ、戦争であり、虐殺という表現です。「ある種を他から分離する秩序、生の網目のなかで、異なる生物種に各々の位置づけを定める秩序は、不公正の政治史である」と、それが社会の環境の状況に応じて更新されてきた歴史的な構築物であることをコッチャは示唆しています。
そして、後半では、こんな提案もしています。
したがって、新たな家は、あらゆる分類学の破壊、種のあいだの戦争と解された生物多様性の廃棄場とならねばならない。わたしたちは、自分が人間かカナリアか、ネコカイチジクかが、もはやわからないような家を建てることを学ぶべきだということになるだろう。
これもあとで書きますが、人類学は、南米など多くの先住民たちが自分たちのまわり動物や植物が彼ら自身も自分たちが人間であると考えていて、夢の中で人間として交流し会話をする者同士であることを明らかにしています。
コッチャの上の指摘は、まさに僕ら自身もそれに含まれる人間とそれ以外を分ける近代西洋的な存在論とは別の、人間と非人間が容易に交換可能かつ共存した存在論と同様の「家」のあり方を提示しているわけです。それはもはや、そのまま宇野さんのいう「庭」であり、それはつまり少なくとも南米などの先住民にとっては当たり前のものだったりするわけです。
そして、それと異なる存在論を社会に定着させ、人間外の事物を僕らの意識から置き去りにしたのは、近年のプラットフォームなどではまったくなく、17世紀のエピステーメーの変更だったはずです。
このあたりを考察に含まずに「庭」を考えようとするから行き詰まってしまうのであり、実際に宇野さんは〈#12.弱い自立〉の冒頭で、「庭」について考えることを放棄せざるえなくなってしまっています。

生産し、流通させ、消費し廃棄する集団としての人間と、その対象となる物量の大きさへの視点
シンプルに言って、この本ではあまりにすべての問題をプラットフォームのせいにしすぎです。また、消費社会から情報社会、そして今後の理想としての「制作」社会へとという構図に沿って、退屈すること→承認欲求→暇をもつこと(?)という形で思考を進めてしまっているのもあまりに図式的な印象を持ちました。
でも、現実にはこんな線形的な変化は生じていないでしょう。
僕自身を振り返ってと消費的でもあるし、承認欲求も含めてSNSに投稿はします。それと同時に仕事を通じてさまざまな制作もしています(どこまで人間外との同居的な制作かはわからないけれど)。
多くの場合、少なくとも仕事をしていたらその時間だけはSNS的な承認は解放されているはずです。職場という環境もすべて評価のみで成り立つという状況にはならないでしょう。この本で展開される社会が評価と承認だけになっているという印象は、多くの人の日常、特に働く社会人という側面を除外してしまっているのでは?と感じました。言い方を変えると、そこにはビジネスや事業や生産・流通という視点が抜けていると思うのです。
もちろん、ここでも仕事や市場の話は登場します。しかし、取り上げられる事例の多くが所謂BtoC的なもの、小売的なものです。商品と個人の関係なので、事物が登場する場合もその大きさ、単位は小さいものです。
ここにこの本の視点として欠けているものがあると感じました。それはそうした小売も含めて支える、背後にある事物の圧倒的な物量であり、それを可能にする生産の仕事であり、流通の仕事であり、はたまた消費されたあとの廃棄や循環のための処理の仕事です。それに加えて、そうした想像もつかないような膨大な事物が日常の生活や他社の事業を成り立たせられるように、事物を管理する仕事です。東京などの大都市が成立しているのは、多くの人の生活を成り立たせる小売の背後に、その小売を取り巻く生産、流通、消費、廃棄を滞りなく可能にする見えないものも含めてB2B的な仕事があるわけです。ここにはまだプラットフォームも完全には入り込んでいません(もちろん、小売を中心としたAmazonを中心にその影響を大きく与えている部分ももちろんあります)。
宇野さんは「中動態な世界」はすでに実現されているとしていますが、残念ながらこうして多くの人の生活や仕事を丸ごと巻き込んでいる、人間外の事物が蠢く現代社会の中動態に関する問題がまったく視野に入っていません。
地球上の巨大な人口とその人々の欲望を満たすため、圧倒的な物量が掘り起こされ育てられる加工され各地に移動され、使われ味われ無駄にされ、廃棄され放置され、ゴミとしてリサイクル品として処理され続けています。その想像もつかないような量の事物とそれにともなう人間の活動が、環境問題はいわずもがな、多くの問題を発生させ、責任の有無を十分に認識させることができないまま、言語化された「契約」の外部に漏れ出ています。そこにはちゃんと人間と事物の接点は日常的にあるし、事物同士が関係し合うことで環境をよくしたり悪化させたりがあるし、そのことに人間は大いに関与しつつ、コントロールできずに問題を悪化させ続けています。宇野さんがいう「庭」の3つの条件を宇野さんが想像する以上な規模で満たしている、この状況はいったい何故無視されてしまうのか? そのこと自体が問題なのではないでしょうか。
そんな風にグローバルレベルで相互依存が極大化した環境で、僕らが食べたり美容のために使う油をつくるために熱帯雨林が消滅し、生物多様性の微塵もないヤシの林に変わっていてもほとんどの人が意識もせずにいてしまうような、責任に巻き込まれていつつもその責任の所在がまるでわからない/自分たちの外にありそうだと思い込む(つまり、すべてが受動化されたまま)という、人間と事物、グローバルノースとサウスという二元論のなかで、いまだ機能し続ける能動/受動の構図を残したまま、はたして何故中動態の世界はすでに回復されていると言えてしまうのでしょうか? まさに本書でそのことがすこしも議論されていないように、その責任は問われることなく回避されていまっているというのに。
そのことは人間外の事物を重視することと、中動態の世界が回復されていることを同時に言う本書としては、致命的ともいえる問題だと感じました。
共同体が求められていることの理由の読み違い
この視点が抜けてしまっていることで、宇野さんの共同体回帰批判は的外れなものとなってしまっています。宇野さんはこう書きます。
このかつてないレベルで実現された個人主義の時代に、左右の「良心的な」(と自称する)人びとは管鐘を鳴らす。そして、個人がプラットフォームによってグローバルな資本主義という限りなく世界と同義の(当然、正確には異なるのだが……)ゲームボードにいつの間にか乗せられ、プレイヤーと化している状況から離脱するために、個人と世界(正確にはグローバルな「市場」)との間に、中間的な「共同体」を再構築しようとするのだ。
家族、職場、組合、宗教の集まり、趣味のサークル、そして地域の共同体……こういったものを再興することで、肥大した自己幻想を抑制するーそれが彼らの指針だ。
資本主義が解体した共同体をなんらかのかたちで再編すること――この左右の思想がともに選択する「解」を、しかしここでは選ばない。むしろ、共同体への回帰に対して警鐘を鳴らすために、本書は書かれていると言っても過言ではない。なぜならば、一般的な理解とは異なり、実のところプラットフォームと共同体はむしろ共犯関係にあると考えるからだ。そして、そのために共同体への回帰は、人間をより強く縛りつけると考えるからだ。
この批判のあと、宇野さんは共同体回帰のモデルとして、とある商店街での古着屋での店主と若いお客さんとのコミュニティの例をあげ、「前提として私は個人商店を基盤にした街づくりというビジョンそのものは、強く支持したい」、「この種の個人事業を通じた地域へのコミットは(中略)Somewhere な人びとの集団のネジや歯車として「仕事」に携わり、世界に関与する手触りを共同体への依存や性急な政治参加によって埋めあわせる生きかたとも、Anywhere な人びとのグローバルな資本主義のゲームのプレイヤーとして世界に直接的に関与する手触りを獲得する生きかたとも「異なる」アプローチとして期待できる」と書いています。
しかし、この観点自体が、いま「社会的連帯経済」を掲げて共同体を議論している人たちの論点などとは決定的にずれてしまっているのです。社会的連帯経済というのは、協同組合などの組織を中心に、国家にも、市場にも頼らない経済を、生産・流通・使用や消費、そして、その廃棄や財や価値の再分配も含めて、自分たちの所有・利用・管理によって実現しようとしているものです。なので「個人商店を基盤にした」とか「個人事業を通じた」ものではまったく異なります。
「かつてないレベルで実現された個人主義の時代」において、あまりに個人化された所有や主権、責任などの問題をもう一度、共同体のもとに置き直せないか?という観点での実験的かつ実践的なプロジェクトが社会的連帯経済なのであって、そこには宇野さんが見落としている、膨大な物量とそれを扱う人間の活動がもたらす持続不可能な状況に対する責任がはいっています。
たとえば、2023年4月18日の国連総会では、持続可能性に向けた活動を推進するものとして、社会的連帯経済の推進決議が可決されましたが、それも次のような観点からだといいます。
決議文は、A4で3枚という短いものですが(ちなみに持続可能な開発目標の決議文はA4で35枚)、ここでは、同決議など過去に採択された関連決議案への言及から始まり、「協同組合や社会的企業を含む社会的起業」が貧困緩和を手伝い社会変革のきっかけになるとしており、COVIDや気候変動などのため「さらに深く、より意欲的で変革型かつ統合型の対応が早急に求められている」ことも認識しています。次に、持続可能な開発目標の達成のためには国連事務総長が「進歩や繁栄の尺度を考え直す努力に沿ったビジネスモデルを含む」経済主体を推進する点を意識し、前述した昨年6月のILO決議に基づいて社会的連帯経済の経済主体の特徴(公共の利益や相互扶助、民主的運営や資本よりも人間の優先など)を提示したのちに協同組合やNPO、共済組合や財団、社会的起業や自助グループなどの例を出しています。
この例が商店街で個人商店を中心に云々という話とは異なるのはもちろんですし、共同体では村八分などの問題が生じてしまうということとは別次元の話であることもわかるでしょう。
また宇野さんはジェレミー・リフキンを批判しますが、その際、リフキンが『グローバル・グリーン・ニューディール』で話している、フランスのオー・ド・フランス地方での社会的連帯経済の次のような事例は視野に入っていないと思われます。
グローバリゼーションからグローカリゼーションへのシフトは、政府と地域コミュニティーの関係を変容させつつある。経済と統治の責任が、ある意味では国家から地域へと移りつつある。このガバナンスにおける変化は人間の経済的・社会的生活のあり方が根底から変わる革命の前兆といえよう。
(中略)
フランス最北端のオー・ド・フランス地方はかつての炭鉱業が衰退した、いわゆるラストベルトで、フランス本土の人口の9%以上がここで暮らしている。だがその後、私はこの地域圏の知事に、地方政府は従来のような「最高決定者」ではなく、水平方向に分散する共同統治の「ファシリテーター〔注:中立的な立場で議論を円滑に進める進行役〕」の役割を担うべきだと提言した。この共同統治は、一次的な委員会のメンバーである数百人の個人と、二次的な非公式のネットワークでつながる数千人の個人(公共部門、企業部門、市民社会および学界から参加し、「ピア・アセンブリー〔注:平等な権限をもつ討議集合体〕」で協力して活動する)で構成される。
(中略)
私たちが明確にしたかったのは、ただ単にフォーカスグループ〔注:特定の政策課題について討議するために選ばれた少数の住民代表〕や利害関係者グループにアイデアや提言、同意を求めるだけではないということだ。そうではなく、あらゆる年代の住民で構成されるピア・アセンブリーこそが重要であると。将来どの政党が権力を握ろうと、向こう20年間にわたってそのピア・アセンブリーが活動しつづけることで、一貫性と連帯を維持することができ、それがインフラ転換の長期的な成功を確実にすると、私たちは主張した。このまったく新しい統治方式にオー・ド・フランス当局の合意が得られたので、私たちは共同プロジェクトを開始した。
ここにあるのは、国からも、プラットフォームを含む市場からも「自由」になった、自治による地域運営の例であり、生産、所有、利用を自分たちの責任に置くことで、社会的な持続可能性も、環境的な持続可能性も含めて、人間と非人間の両方が持続可能な「庭」をみずからつくりだそうとする試みです。
見方を変えれば、これは冒頭に書いた新中間層=サラリーマンの誕生とともに、生産手段の所有や生産の財へのアクセスが断たれた家族と、それにともない生産の現場から除外され消費だけの権利しかもたなくなった女性、子ども、高齢者をふたたび、生産の現場へのアクセス、所有、使用を可能にしようという試みです。そして、何よりもそれは生産という人間外への事物へのアクセスを行う主要なフィールドとしての「庭」を実現するものだとも言えるのではないでしょうか。
それなのに、ここに、ITテクノロジーが入っているからといって、なぜ、それがプラットフォームの問題とイコールで扱われてしまってしまうのか。むしろ、ここにこそ、先にあげた事物も含めた中動態の世界の回復の兆しがあるとといえないでしょうか。
本書で抜けているのは、こうした人とそれ以外の事物が関わる最も大きな機会としての、人間が生きるために生物/非生物に多くを負っているという関わりへの視点であり、いまも常に人間はそうした「庭」的な関わりを欠かさず、いや何時の時代にも増して膨大な量、圧倒的な速度で行っているという生産・流通・消費・廃棄という問題への責任の議論でしょう。それがないから評価や承認のことばかりが気になるのであって、それはまさに仕事をする人間を外部化させてしまった近代家族の家庭への引きこもりのような状態ではないでしょうか。個人が個人でして生きていられる(ように思い込ませる)ために、視野の外で行われている事物の戦争に目を向けないのは、戦争こそがもっとも「庭」の例に近いと指摘する著者の片手落ちなところだと思うのです。
自然と文化を超えて
とはいいつつ、残念ながら、こうしたことの見落とし、これだけあらゆる地球上の人たちや地球上の事物との相互依存性が高まった状況で繰り広げられる戦争状態が、視野にも入らず責任をすこしも感じずに済ませていられるのは、なにも宇野さん固有の視野狭窄ではないはずです。多くの人が同じ状態に陥っているし、そう陥るようなエピステーメーがつくられ浸透しきってしまっていることが、プラットフォーム支配云々といった個別事象よりはるかに大きな問題だと僕は考え続けています。
普段、いろんな人といまの環境課題や社会課題の話をしていても、人の思いやメンタルの話になりがちだったりします。評価の話や承認の話になる場合もある。もちろん、それは大事なことだとは思います。でも、そうなる要因は残念ながらそれほど単純ではない(すくなくともプラットフォームではない)ので、そこに直接アプローチしようと思っても解決になんてつながらないですよと思い、その要因と思われることのほうに話をもっていくようにしています。
長くなりすぎたので、ちょっと端折らせてください。
その要因とは「自然と文化」の分割です。それは家庭と仕事の分割を可能にする根源的な近代のエピステーメーでしょう。
ここは敬愛するブルーノ・ラトゥールの力を借ります。
『虚構の「近代」』において、ラトゥールは近代人が従う考え方(ラトゥールは「憲法」と表現しています)における2つの分水嶺として、以下のような図を示していました。

自然と社会を分け、自分たち先進国の人たちと彼らが後進国とか前近代人と呼ぶ別の国の先住民のような人たちを区別します。
この考え方がさも当たり前のような構図になってしまっているところに、宇野さんのこの本が「庭」というモデルを構想しつつ、問題解決の糸口がつかみきれず袋小路にはいってしまった要因があるのだと思います。
自然と文化という構図を抜け出すために「彼ら」の世界に目を向けてみましょう。
人類学者であるフィリップ・デスコラの『自然と文化を超えて』で紹介されている、コロンビアのアマゾン熱帯雨林マクナのインディオの話です。
動物はインディオとまったく同様に共同体を運営し、「長屋」で暮らしている(慣例として、この「長屋」は、特定の早瀬の中心部や、きちんと決められた丘の中腹に建てられている)。動物はマニオクの菜園を耕し、カヌーで移動し、首長の指揮のもと、マクナのものと同じくらい精巧な儀式に熱中する。したがって、動物が見せている形態は変装でしかないのだ。住居に戻ってくると、彼らは外見を脱ぎ棄て、羽根飾りと儀式用の装飾品を身にまとって、あからさまに「人々」に戻るのだが、川の中をうねるように泳いだり、森の中をかき回したりしていたときでも、彼らはずっと「人々」であり続けていたのである。
マクナのインディオたちは、自分たちのまわりの動物たちをこのように「人間」として見ているのです。そこには僕たちを含めた近代人が当たり前に思っている自然/文化(あるいは人間)という境はありません。そして、これはマクナのインディオたちだけでもなければ、南米アマゾン流域に住む先住民たちに限ったことでもなく、アジアやアラスカの先住民でも共通するものだと言います。そのことは日本人なら神話的なものに目を向ければそれほどあり得ないことでないと感じるのではないでしょうか。西洋においてすら、近代以前まではそこまで明確に両者を異なるものとして分割する視点はありませんでした。
しかし、そこに異なるエピステーメーが導入され、先の2つの分水嶺が確立されたのが、17世紀の前半だとラトゥールは言います。
ホップスは、厳粛な社会契約を通して市民社会を自然状態 the state of nature から引き出すことができれば秩序の問題は解決すると思い込んだ。社会契約を用いれば、リヴァイアサンという人工機械の完璧なでっち上げが可能になると考えたのである。(中略)17世紀には「物質は非活動的inanimate だ」と言言する必要があった。ホッブズによれば、そうなる。そう宣言したからこそ、秩序を何とか再確立することができたのである。
『ガイアに向き合う』からの引用です。ホッブスが『リヴァイアサン』を著し、人民があらゆる主権を委ねる権威との社会契約が必要だと説いたのは、ヨーロッパ全土が血で血を洗う30年戦争という突入していた時期でした。カトリックとプロテスタントの争いに端を発する戦争は、旧来の権威であった宗教自体がルネサンス以降のさまざまな技術革命を含めてグローバル化しつながりはじめた世界を統一する術を失っていたことにも要因がありました。そこで戦争を回避する方法として必要とされたのが「リヴァイアサン」という人工機械であり、もう1つが「空気ポンプ」でした。
ロバート・ボイルら、当時の科学者たちが、事物が織りなす現象を観察可能にする実験により事実をつくり、それを共有することで信頼できる社会的認知を獲得するという実験科学、経験論が確立されたのがこの時期です。そして、この時期に「つくられたもの」を意味していた"fact"という英単語が「事実」を意味するようになったのです。
ロバート・ボイルは実験によって生みだされた事実によって同意を確保しようとした。事実は確実であり、それ以外の知識は確実性においてはるかに劣るものであった。この点でボイルは、17世紀イングランドで知識をめぐって展開された運動のなかでもっとも重要な一人であった。
(中略)
事実とは、ある人が実際に経験し、自分自身にたいしてその経験の信頼性を請けあい、他の人びとに、彼らがその経験を信じることには十分な根拠があると保証するというプロセスの結果としてえられるものであった。
(中略)
このため経験は認識論的なカテゴリーであると同時に、社会的なカテゴリーでもあるとみなされねばならない。実験的知識の基礎をなす要素、また適切に基礎づけられていると考えられた知識一般の基礎をなす要素は、人為的につくられたものであった。それらをつくっていたのはコミュニケーションと、コミュニケーションを維持しその質を高めるために不可欠だと考えられたあらゆる種類の社会形式だった。
この実験科学が、ホッブスのリヴァイアサン以上に社会を統一するために有効で耐久性をもつものあったことは、それから400年近くを経た僕たちは疑う余地もないでしょう。国家権力はもはや信じられなくても、科学やそれが見つめる(本当はつくられたものでしかない)自然の法則も多くの場合、疑われることもなく信じられています。
ラトゥールは、この時代に起こったことを理解するために、科学史家であるステーヴン・トゥールミンの『近代とは何か』を参照し、次のように書いています。
トゥールミンは彼なりの方法で、一般的な時代区分をさらに改訂し、17世紀を「科学的反革命の世紀」と名づけることも探らなかった。トゥールミンによれば、この時代、特有性に対するかつての配慮は普遍性に対する執着へと変わった。時間に深く根差したかつての光景は無時間的な光景に取って代わられ、懐疑主義は教条主義に、繊細な決疑論は一般原則への固執に取って代わられた。身体が脇に追いやられ、精神が尊重された。軽妙な態度は厳粛な態度に、論争の余地のある状態は論争の余地なき状態に、断片の組み合わせは首尾一貫性に取って代わられた。「過去の復興」ともいえる振る舞いは徹底的に拒絶された。人文主義者の考え出したことが、合理主義者によって破棄されたのである。
このとき、物質は非活動的なものとなり、人間の身体そのものも含めて、精神とは対立するものとして貶められるようになりました。物事が関係しあいながら何事かをつくりあげるような時間的・歴史的な光景は顧みられなくなり、絶対的な権威(自然法則/神)が無時間的に全体を構成する(部分はそれに従属する)といったような考えが支配的になったことがここでは指摘されていると、すこし図式的なまとめ方ではありますが、そう言えるでしょう。
しかし、システム思考家の僕としては当たり前なことでしかないのですが、絶対的な権威(そんなものは実際はありもしない)が無時間的に全体を構成することを許してしまう思考は「実際には一鎖ずつ連結されていくべきところを、部分と全体の関係に一瞬にして置き換えてしまう」リスクをもっています。それが自然と文化が常に別々で無関係であるかのような錯覚を生み、実際は自分たち人間が地球環境に多くを負い、多くの影響を与え、自然とより寄り添った暮らしをしている人びとの暮らし(つまり、それに気づいていないけど僕たちも含めて)を破壊しているかということに無頓着にさせています。
そして、そのことは以下のような状態を実現してしまうことをラトゥールは指摘しています。
全体は部分の総和よりも優位であることを必然化する。通常、全体は部分よりも不可避的に劣位に置かれるにもかかわらずそうするのである。優位の意味は「より包括的」ということなのだろうが、とてもそうはならない。実際には、ただ連結がより多くなるだけである。誰かが「私はグローバルな視点を持っている」と主張したとしても、その視点が地方的なものと同じでなかった試しはないのだ。規模とは、異なる大きさの球体を、連続して入れ子状に取り込むことで得られるロシア人形のようなものではない。それどころか、規模とは、多様な関係性を確立する能力、特に相互的な関係性を確立する能力によって与えられるものだ。連結の多いローカル性をグローブのユートピアと混同する根拠などどこにも見当たらない。
ラトゥールは、ラブロックのガイア理論が地球を全体と見なすものではないことを指摘しています。むしろ、ガイアなどという決まった状態などはないし、それは僕らを含めた生き物すべてを調和する機構のようなものではないとラブロックが考えていたことを強調します。それは人間が関与できるが、人間が全体をコントロールすることなど決してできない「庭」です。
しかし、宇野さんのように勘違いしてはいけません。
このガイアという庭は人間がコントロールできないだけでなく、先住民たちが自分たちと同様と信じる非人間、人間の外の誰にとっても関与しているが、制御しようがない庭です。庭はもうある。庭は常に作り続けられている。ただ、それは僕らが評価や商人にうつつを抜かしているあいだに、どんどん制御できない度合いも増しているし、人間が関与する以上に、僕らに対して悪い関与をしはじめています。
だから、僕らに必要なのは「庭」を探し求めるより、はやくガイアという庭について知ることではないでしょうか。「庭」をつくるではなく、ラトゥールが言うように『地球に降り立つ』ことではないでしょうか。
見えなくなった居住場所を記述し直そう。そういう提案をしない政治はすべからく信頼できない。記述の段階を省いて前に進むことなどできない。〔記述抜きの〕予定表だけの提案はどんな政治的虚言よりも恥知らずなものだ。
という、いろいろ書けてしまうくらいの違和感は大いに抱きつつも、おもしろく最後まで一気に読めたのがこの『庭の話』。
たぶん問題意識はすごく近いし、この青臭い論考をしてしまったり孤独を愛する性格は僕自身と似てるんだろうなと親近感をもちました。ジル・クレマンや小川さやかさんを参照したり、民藝の話を持ってきたりというチョイスも趣味も合うし、読んでて面白い学びも、考察もたくさんありました。
引き続き、宇野さんのお仕事に注目してみたいなと。
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