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二千一夜物語1

二千一夜物語  田中洋勲

1 世界の偏在
私はきのう、二百席の映画館でただひとりの観客になった。それは生まれてはじめてのことだった。私が入場した平日午後二時の上映時間には、普段であればどんな映画であれ最低十人ほどの客がいるのだが、その日はちがった。完全貸し切りの二時間になった。
 さかのぼって先週は、市バスのひとり乗りを経験した。それもまた生涯初の事件だった。あの循環ルートでは決して起こり得ないことだった。全く人影のないバス停を、ひとつ、またひとつと通過するうち、運転士はミラーに写る顔をひきつらせていた。
 系統番号五二番のそのバスは、ただひとりの乗客だった私を降ろしたあと、途方にくれてどこかへ走り去った。
 どっちの事件も、ごくふつうの日に起こったことだった。戦争も革命もなく、空はくっきりと晴れ渡り、大通りには人々があふれ出て、あたりまえの日常が営まれていた。
 そして私も、その日常の中にいた。
 私はエドガー・ポーが描いた『群集の男』である。通りを歩く誰とも似た顔をしていて、誰もが着る服を着て彼らの中にいる。だからどんな状況もただひとりで引き受けることはない。なかった。これまでは。
 そんな私が不意を突かれた。しかも二度までも。自分の足元でだけ起こった地震で、世界の気まぐれさに揺さぶられた。
 私は小説家だ。人間の個別を描いて普通をきわ立たせる手法を常のものとしている。人はひとりとして同じではない。似かよってはいるがみんな違う。世界には一般人などいない。だから私は各材料にはこと欠かない。誰もが何かを隠し持っているのだ。
 いま私の頭の中で、不条理作家と呼ばれた人たちの声がこだましている。そのうちのひとりは「自分と世界の戦いでは世界の側につけ」と言い、別のひとりは「主観を外に放り出せ。そしたら君は救われる」と言う。
 私はまだ混乱している。どの声に従えばいいものやら。確かに人間は混沌の器だ。

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