二千一夜物語8
8. ある出版人との対話
「進んでるか?」
「さあ」
「粗筋を聞かせろ」
「まだ何とも」
「じゃ余分か不足があるってことだな」
私はいま、図書館の入り口脇にあるカフェテリアで私の本の出版代理人と打ち合わせをはじめたところだ。松沼宏樹という名のその男は、埋もれた作家の発掘人を認じている。
そこに共通の友人たちが加わった。馬酔木書房という名の地位サな出版社を経営している茂木大輔だ。一徹者として業界で知られた男で、祖父の代から赤字続きのカ行を石にかじりついて維持している。
この日の茂木は病院からの帰りだった。私たちのテーブルにさっさと割り込み、直入にこう告げた。
「いよいよ締切近しだ」
その口調に暗さはなかった。
「進行が止まらんのか?」
松沼がそう問い、茂木はこっくりうなづいた。
「再入院だとさ。秒読みだよ。あいつら俺の息がいつ止まるか賭けてやがる」
「となると、うかつに風邪もひけんな」
「いまわのきわまで健康体でなきゃならん」
「むこうも金が要るってことか」
「新病棟建設の人柱だ」
「浮かばれんな」
「俺はそうでも本は違う。誤植なしの完全校正版で甦らせる」
「その意気だよ」
「ただ女房のことが気がかりで」
「こっちもさ」
「どうして?」
「あんたの仕事に理解がない」
「全部放り出すだろう」
「だから遺言を書け。版権はおれに譲るって」
その松沼の言葉に茂木は顔をしかめ、上着のポケットから煙草を取り出した。口にくわえて火をつける前に彼は言った。
「知ってのとおり、俺はつれあいを三度替えた」
「増補改訂新装だな」
「そんなとこだが」
「初版にいちばん未練がある」
「どうしてそれを?」
「決まってるさ」
「おまえにゃ何もやらん」
「友だちじゃなかったのか!」
「馬鹿言うなよ」
茂木は松沼のその声を無視し、私を向いてこう聞いた。
「あれ、進んでるか?」
私は答えに窮した。どう言えばいいのかわからなかった。私はいつもふたとおりの仕事をしている。見込み仕事と請け負い仕事だ。前者はあてどもなく後者は煩わしい。茂木の注文は推理小説だった。
「書けないよ」
正直にそう言った。余命いくばくもない人間に嘘はつけない。
「どうしてだ?」茂木は声高になる。
「結末からさかのぼっって書くのは無理だ」
私はそう答えた。スティーブン・キングもそれで筆を投げた。
「最初の三ページ以内に殺しも必要だしな」と松沼が横から口を挟む。
「じゃ評論はどうだ?」と茂木。
「それも人殺しじゃないのか」と私。
「加えて稿料も安い」と松沼。
「本当かい?」
「引用は字数から引かれるのが決まりさ」
「なら恋愛小説はどうだ?」
「ミルトンの『失楽園』は靴一足の稿料だったとさ」
「どのみち気質は変えられない」
「そりゃニーチェか」
「自分が書けるものを書くだけ」
「オースティンだな」
「何でもいいから原稿よこせ。最後の恩を着せてやる」
茂木がじれてそう口走る。彼は書き手を追い込むタイプの編集者でもある。
「さあ、入稿はいつだ?」
そうたたみかける性急さはしかし、余命の短さだけから来たものではなさそうだった。印刷機械を更新した昨年から、馬酔木書房の本造りは昼夜の別なく続けられていた。その担い手は今も家族だ。アウトソーシングという言葉は茂木家の辞書にはない。三代続く家内工業。先々代が活版で仙台が高速輪転そして彼の第がDOPだ。
その昔は、本を自ら造って売る者だけが正しく「本屋」と呼ばれた。だが今は製作から流通・宣伝・販売に渡るプロセスすべてを手がけることは不可能だ。ゆえに分業化とシステム化は必然のなりゆきだったが、それがたぶん「本屋」を変えた。
「もっと紙を食わせろって機械が言うんだ」
その茂木の告白で、私は近年の本の乱造の原因がわかった気がした。この国の出版業界は狂っている。新刊本が日に二百点だ。書店はとても並べきれず、読者はくるくる目を回すばかり。書かれたものの質の低下は言うに及ばず。どれも一発狙いのきわものばかり。ただヒットさせることしか頭になく。だから当然に的を外しまくり、大量に売れ残る。どの出版社の倉庫にも返本があふれている。
残念なことに、馬酔木書房の倉庫もそうなってしまった。悪貨に良貨がはじまれたと茂木はくやしがったが、結局は廃棄処分を余儀なくされ、私はそれを手伝った。<資源再流通>という名の会社が一〇トントラック三台で引き取りに来た。本を「溶かし」てもとの紙に戻すという。まさにシジフォスの岩だ。
新刊本の大洪水は書店のみならず、私のいるこの図書館にも及んでいる。私がついさっき、情けなくも気を引かれて足を止めた<新着図書コーナー>は、毎週金曜日に新刊本がずらりと並ぶ。
それらの、本と呼べないようなものまでも律儀に収蔵していけば、遠からず図書館の棚は尽きてしまうだろう。いくら考えてもわからない。どうして人類はこうも新物に弱いのか。
