見出し画像

タイポグラフィの世界にようこそ|WEBデザイナーくん、出社1日目|カーニングの奥深さ|デザインのあうんVol.2.4

こんにちは。d-fractalのデザイナー、Tanakaです。

以前、Ochiさんの安請け合いから始まった、WEBデザイナー・竹田くんの「体験入社」というかアルバイトの件。

ついに今日、彼が我がd-fractalに初出社してきました。

「おはようございます! 竹田です。本日からよろしくお願いします!」

「おお、来たな。まあ最初は適当に慣れてや。わからないことがあったら、教育係のTanakaに聞くようにな」

「はい! Tanakaさん、ご指導よろしくお願いします!、あ、Ochiさんもよろしくお願いいたします」

朝一番、元気に挨拶する竹田くんに対し、ボスは相変わらずのゆるい対応。私は小さくため息をつきながら、彼のために一時的に用意された応接テーブルの席を指差しました。

「おはよう。挨拶はそれくらいにして、さっそくPCを立ち上げて。うちは暇じゃないの」

「あ、はい! すみません!」

初日から容赦しない私の態度に、竹田くんは少し肩をすくめながらも、素早くMacBookを開きました。WEBの現場で鍛えられているだけあって、ツールの起動やショートカットの操作は手慣れたものです。

■ 「トラッキング」と「カーニング」の壁


「じゃあ今日は、最初に『文字詰め』の練習をしてみましょうか」

私が声をかけると、彼は少しホッとしたような顔を見せました。

「文字詰めですね。CSSで言うところの、トラッキング(letter-spacing)ですね」

彼のその言葉に、私は思わずピシャリと返しました。

「……WEBの世界じゃトラッキングで一括処理するしかなかったと思うけど、紙の世界では、文字と文字の間を『一字一字』詰める『カーニング』を行うのよ」

「カーニング……。なんとなく、言葉だけは聞いたことがあります」

「そう。ユーザーのデバイス設定によって、文字の大きさや改行位置が勝手に変わるWEBと違って、紙は『固定レイアウト』なの。だから、文字のバランスから発生する空気感まで、すべて私たちデザイナーが責任を持つのよ。やり方を教えるわね」

私は自分のPCモニターを彼に見せながら、Adobe Illustratorの画面を開きました。

「Illustratorでは、文字と文字の間にカーソルを持ってきて、『Option(Alt)キー』を押しながら矢印キーで詰めたり離したりするの。媒体の雰囲気や目的によって詰め方は変わるけど、今回はポスターのタイトルとして、ガツンとした『塊(かたまり)感』を出したいから、全体的に詰め気味に設定しましょう」

ショートカットキーを叩き、文字の隙間をミリ単位で調整していく私の操作を見て、彼は目を丸くしました。

「なるほど、そうやって目視で一文字ずつ調整していくんですね……。でも、こういうのって、もっと効率的に自動化されていないんですか?」

またすぐそうやって楽しようとする。私はマウスから手を離し、彼に向き直りました。

「もちろん、ソフト側にも『自動(オプティカル等)』の機能はあるわ。でも、まずは自分の感覚で『美しい文字間』を掴むこと。道具に頼る自動化のテクニックなんて、基本ができてから後でいくらでも教えてあげるわ」

■ 空きの「面積」を揃えるというルール


「自分の感覚、ですか……。何か、目安になるルールとかはあるんですか?」

不安そうに尋ねる彼に、私は手元の裏紙にペンで簡単な図を描きました。

「簡単なルールはね、文字と文字の間の『空きの面積』を同じにすることなの。単純に文字同士の『距離』を測るんじゃなくて、間に挟まった空間の『ボリューム』を合わせるのよ」

「なるほど、空間の面積を揃える……そういうことですね」

「そう。こうやって詰めていくわけ。一番わかりやすいのは漢字とかひらがなよりアルファベットね。例えば『F』と『A』の組み合わせなんて、四角い文字と同じように並べたら隙間がスカスカに見えちゃうでしょ? だから、お互いの空間を食い込ませるように詰めるのよ」

「この地道な作業をやった後、もう一度全体を引いて見直して、最終的なバランスを取るの。最後はね、計算じゃなくて『感覚』よ。さあ、やってごらんなさい」

■ デジタルの海から、泥臭い紙の世界へ


私は彼にサンプルのテキストデータを渡し、自分の席に戻りました。

しばらくして、竹田くんの席から「カチャカチャカチャ……カタッ」という、リズミカルだったタイピング音が消え、「……ん?」「あれ?」という小さな呟きが聞こえ始めました。

そっと彼の画面を盗み見ると、彼は「し」と「て」の間でカーソルを右へ左へと動かし、迷宮に入り込んでいました。

WEBの世界では、画面幅に合わせて自動で流れていくはずだった文字たち。それが今、紙という絶対的なキャンバスの上で、「お前はこの空間にどう責任を取るのか」と、彼に問いかけているのです。

「Tanakaさん……これ、詰めすぎると読めないし、離すと間抜けに見えるし……面積を合わせるって、めちゃくちゃ難しいですね……」

悪戦苦闘する彼の背中を見ながら、私は心の中で小さくニヤリとしました、アルファベットは比較的簡単だけど日本語になると途端に難易度が上がるのだ。

効率やスピードだけでは解決できない、泥臭くて重たい紙の世界へようこそ。

竹田くんのd-fractalでの試練は、まだ始まったばかりです。

text by Miyuki Tanaka (d-fractal)




いいなと思ったら応援しよう!