見出し画像

ヨロンマラソンを走ってきた。「いってらっしゃい」と「ただいま」のあるマラソン A Circle of Deportare: Running Yoron

ヨロンマラソンを走ってきた。

本当に素晴らしい大会だった。
そもそもマラソンの魅力を構成する要素は以下のような要素におおまかに分解できると思う。

  • コース:風景、道幅、舗装状態、フラット率、カーブの数

  • コース:沿道の応援

  • エイド:給水や給食の内容(地元食材が出るか等)、頻度、充実度合い、行列しないか

  • 運営体制:地元が一体となっているか、円滑な運営をしているか。ボランティアの関わり方。

一般論として、大会の開催を通じて年々ブラッシュアップできる要素もあれば、変えることが難しいものもある。たとえばコースは一度設定してしまうと、魅力を向上させるのは簡単ではない。一方で、コース上の応援やエイドや運営などは、積み重ねによって磨き上げていくことができる。

その要素に照らし合わせて考えてみると、ヨロンマラソンはコース上のフラット率やカーブの数や道幅などのタイムに影響する要素はハンデがあったが、それを補ってあまりあるほど、満足度が高かった。沿道の応援も途切れないし、エイドも個性的でもてなしもばっちり、運営も島が一体となって運営されていてまったくストレスがない。

その中でも、私が特に関心したのはどんなに遅いランナーでも最後まで見届けるように大会が運営されている事である。完歩でも必ずゴールできるようにしてある。シニアのランナーさんが、自由に記載できる背中のゼッケンに手書きで「完歩」と記載して走る姿がちらほらと見られた。アフターパーティーが始まる時間帯にそんなランナーさんがゴールに到着した。

これは大会運営視点でいうと簡単なことではない、道路使用許可から警察や消防との連携、大会運営スタッフやボランティアの拘束時間など解決しなくていけない課題がたくさんある。その課題を突破するビジョンや思想があるということなのだ。そこに私は特に感銘を受けた。

■ 前夜祭の「手作り感」と熱気

のぼり旗のディスプレイ。ステージは体育館の舞台をそのまま活用。
ドリンクはお茶1本、アルコール2本に加え、黒糖焼酎はおかわり自由。食べ物は地元の名物を中心に、自衛隊の豚汁までふるまわれる。

ステージでは地元の子どもたちの演舞に続き、バンド演奏。

そして「与論献奉」で地元の方々が来場者にお酒を注いで回る。

バンド演奏が佳境に入ると、参加者全員がなんとジェンカのように列をつくり、体育館をぐるぐる回りだした。前夜祭でこのノリには驚いた。


この“ノリの良さ”は、リピーターの多さが支えている。どう参加すればよいのかわからない初回の人も、常連が先陣を切るため自然と「これでいいんだ」と安心して乗れる。

大会スタート

スタートはゆるく、のんびり。タイムを気にせず、それぞれのペースで走る。
エイドは3kmごとに設置され、地元の方々が心をこめて応援してくれる。

エイドの方に「こんなにもてなして頂いて、、準備や片付けが大変でしょう」と話しかけると、
「片付けなんてみんなでやればあっという間。それより、そのあと公民館で地区のみんなで打ち上げするのが楽しみなんだよ」と笑顔で返してきた。

もちろん途中には私設エイドもある。

コースの大部分は島をぐるりと回る周回で、左手には美しい珊瑚の海が続く。
スタートからゴールまで島を一周すると約20km。

コースは時計回りに島を一周するコースだ。島の外縁を走るために正面と左手に海が視界に入る事も多くなる。
晴れ渡った青空と海、沿道の木々の緑や鮮やかな花の色。海に反射する光の色。

島をぐるりと巡っていると、太古インドの人々が思い描いた亀と象に円盤が乗っかっている“円盤の世界の地球”が頭に浮かぶ。
珊瑚の海に縁取られた小さな宇宙。

集落のエイドでは、おじいおばあと子供達の声、それと三線と太鼓の音。のんびり三キロほど走り終えたあとにエイドに迎えられ、また「いってらっしゃい」と送り出される。海を視界に入れながら三キロごとにそれを繰り返してると、何か巡礼をしている気にすらなってくる。

スタート地点からぐるりと21km一周して、ゴールで円環が完成した。まさに”ただいま”と”おかえりなさい”のゴールだった。

■ 圧巻のアフターパーティー

アフターパーティーも信じられないほど盛り上がる。
ここでも与論献奉は健在だ。抽選会もあり、ライブ演奏が始まると、参加者全員がステージに上がる。酒の力は偉大だ。
他のマラソン大会と比較しても前夜祭とアフターパーティーの参加率が高く、盛り上がるのには理由がある、ひとえにエアラインの都合で帰りの交通手段がなくて、ヨロンマラソンの参加者は前泊と後泊が結果的に必須になってくるのだ。これも逆境を強みに変えてくるヨロンマラソンの魅力でもある。

■ かつての事務局担当の話

アフターパーティー後の2次会では、第1回から第5回までヨロンマラソン事務局担当を務めた川上さんに話を伺う機会があった。

ヨロンマラソンは30年前、ホノルルマラソンを参考に、ランネットのアールビーズが企画を持ち込み、開催されたのだが、川上さんは島の側として各地区を一軒ずつ訪ね、ボランティアとおもてなしの協力をお願いして回ったと言う。それ自体は地方大会では珍しい話ではない。ただ、これほど一体感のある、”島を挙げてのおもてなし”はいつ頃から実現したのだろううか。
「今のような素晴らしい“おもてなし文化”はいつ頃できあがったのですか?」と尋ねてみると、
「1回目からだよ」との回答が返ってきた。これにはさすがに驚いた。

島が一体となってランナーを迎え、島民自身も楽しむ。
片付けも3〜4日かけてゆっくり行う無理のない運営。
その中で生まれる、安心感とあたたかさ。これは、この島でしか生み出せない「唯一無二の価値」だ。

走りながら私は、同じ“マラソン”という種目名でも、これはマラソンとはまったく別の定義に当てはまる何か違うものかもしれないと感じていた。

ヨロンマラソンはいわゆる“ファンラン”なのだが、ガチのマラソンの最高到達点はタイムというスポーツ上の記録だとすると、ファンランの最高到達点は“祭り”である。
私たちはヨロンマラソンという祭りでおおいに気晴らしをし、日常から離れて心を解放した。

ラテン語で書くとこんな感じだ。
”Animos nostros deportavimus ad libertatem.”

ここで出てくるdeportavimusはラテン語動詞 dēportāre(運び去る/運び出す心身の解放、気晴らし )の完了形・一人称複数形だ。

dēportāreは後の “sport(スポーツ)” の語源となった言葉。

珊瑚の海に縁取られた小さな宇宙を一周し、マラソンとスポーツの本質的な一面に触れる。そんな二日間であった。

いいなと思ったら応援しよう!