子らよ、良い子でなくても幸せでいていいのだ
子どもを産むことにあまり深い理由はなかった。跡継ぎを産まなければ離縁されてしまう、といった特別な事情もなく、「子どものいる人生もいいかも」というシンプルな動機と「なにが起こるのかしら」というあっけらかんとした好奇心のみだった。
けれど子との生活を送ってみると、なんと得るものの多いことよ。わたしの想像力のなさもあるものの、考えてもいなかった「オプション」を手にすることがたびたびある。こんな経験ができるんだ、こういう視点を持てるようになったなあ、ラッキー、と感じるようなことが。
その思いがけないラッキーオプションのひとつが、子どもと親、両方の「目」を持てることだった。
たとえば、コンテンツに触れるとき。
わかりやすいところでは、『そして父になる』や『八日目の蝉』のような作品。それぞれ映画館で観た作品だったけれど、産後に観るとだいぶ視点が違って新鮮だった。家族がテーマではない作品でも、両方の自分がそれぞれの視点で味わっているのを感じる。
あるいは、不登校に関する記事を読むとき。かつて軽不登校児だった自分と小学生の親としての自分が、頬を寄せ合ってふむふむとその文章を眺めている感覚がある。
わたしは父母の子として生きてきた。社会的な「子ども時代」もあった。そして8年前、そこに親としての自分が加わった。親としても物事を見つめるようになった。
実際に右目と左目を使うことで対象を立体視できるように、それまでより事象を立体的に見れるようになった気がしている。
* * *
先日の文学フリマ東京にて、白瀬世奈さんのZINE『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』を購入した。SNSでの発信を見ていて、メンタルダウンした彼女は何を抱えて生きてきたのか、自分とどう向き合ってきたのかを知りたいと思ったのだ。叫ぶようなタイトルも軽やかな装丁もよかった。
読んでみると、白瀬さんの区切りと納得のためにも本づくりは必要だったのだなと感じた。正直なことばが並び、「地方の良い子」として目線が重なる箇所も多い。それは彼女がぎりぎりまで自己開示してくれているからで、とにかくふたたび歩みだそうとしている今しかつくれないエネルギーの詰まった本だった。
と、読み終わってすぐにこれを書いているのだけれど……そうさせているのは、実は怒りだ。腹を立てているのだ。
だれにか。エッセイで描かれているご両親のふるまいに、だ。彼女の生きづらさの根っこをつくった(と言える)おとなたち。
言わずもがな、白瀬さんは決して読者に親御さんを責めてほしくて本を書いたわけではない。そこが本筋なわけでもない。もし仮に「責め」が必要だとしたら、それは彼女がすべきこと。
なので誰にも求められていない、まことに勝手すぎる怒りなのだが、普段あまり存在感のない感情がぐわんと波打った。
親が子どもにケアさせるな。いいおとなが、子どもに甘えるな。
それを仕方ないだなんて言い訳するなよと、髪が逆立ったのだ。年代や子の年齢は違えど、それは、同じ親としてだ。
以前のわたしなら白瀬さんと同じ子の場所に立ち、同朋に対して「がんばってきたね」と労い、「ひどいねえ」と寄り添い、「ご兄弟がいてよかった」と安堵の気持ちを抱きながらこの本を読んでいただろう。
いまもその気持ちはある。ただ、同朋としての感情に加え、おとなとして、おとなに対する憤りも同時に湧き上がるのだ。ぼこぼこと。
子どもが子どもでいられる時間は短い。限られたその時間にのびのび甘えることは人生の基板になるはずなのに、彼女は仲の悪い祖母と母のあいだに入り、調整約として奔走していた。
なに慮らせてるんだ、おとながラクしてるんだと指先が震える。そして、子が自分たちに向き合おうとしてくれてるんだからせめてこたえようよと泣きたくもなる。ねえ、わたしたち、親じゃんか。
世のあまねく子ども(年齢に関係なく、「だれかの子」という意味で)が幸せでいられますように。子らよ、良い子でなくても幸せでいていいのだよ。
——そう思い、それを阻むおとなに対して敵意を抱く。親でなくても「おとな」なら抱く感情かもしれないけれど、自戒も抱えるぶん切実で、強い痛みを伴う。この痛みも、親になって得た「思わぬオプション」なのだ。
もちろん、こんなふうに怒っているわたしだが、娘が将来どう感じるかはわからない。「とんでもねえ毒親」と評されるかもしれない。こわい。
けれど少なくとも彼女には安心の巣を提供したいし、愛をみなぎらせて巣立ってほしいと心から思っている。心からそう思っているかぎり大丈夫だよと友人に言われ、そのことばをお守りにしている。
そういえばさっき「あまり存在感のない感情」と書いたが、子どもが産まれてから息が止まるような猛烈な怒りを感じることは増えた。虐待のニュースとか。それはそれで、苦しいながらも、豊かなオプションなのかもしれない。
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