ASDの幸せエピソードが流布してないと気づいた件
ASDと言われた。
我が子に、ASDの診断がつけられた。
ASD気質かもしれない。
なんか、不安になったり、ショックを受けたりしている方、多くありません?
(そういう私も受容に時間を要した身です)
ASD = 悲劇のヒロイン !?
ASDと言われたから、もう幸せにはなれない。
お先まっくら。
そんな方が少なからず一定数いらっしゃるのが私の感覚です。
少数派だから?
周囲に溶け込めないから?
仕事(学校)が続かないから?
いろいろ、思いつくこと、考えてみました。
でも、ですよ?
ASDの診断がついてホッとした、、、
という声があるのもまた事実です。
まあ、捉え方は人それぞれなんですけど、
研究ではASD当事者の自尊感情は低い傾向にある
と出ているみたいですね。
とにかく、
・自分がASDと診断されていると知っている人
・我が子など家族がASDの診断がつくと知らされている関係者
・ASDに当てはまるがそのことを知らずにモヤモヤ暮らしている人
このような方たちには、ネガティブな感情がまずひっつき、それが持続しているのでは?というのが今日の私の考えです。
だったら…!!
ASDだと知ってる私自らが、
ASDにもポジティブなことあるよ!
って発信していけばいいじゃない!って思考回路がなりました。
だから、定期的に、「私、ASDにも幸せエピソードありましたー」記事を作ってみたくなりました。
今回は、そんなたななこんぶASDの脳内+そのエピソード少しだけ、書きます。
↓ ↓ ↓
私たななこんぶは、大学生になるまで自分がASDだなんて知らなかった者です。
知る前と知った後では、気持ちの面では大波小波の繰り返しでしたが、
これがASDの特長じゃない??
と自分で納得できる性質がありました。
それは、
集中力の高さ&長さが平均値越え
です。
美術の時間はギリギリまで作業する、周囲が多少ふざけていても取り組める、模写の作品が参考として取り上げてもらえる…etc
夏休みのワークの宿題、午前中3時間ずっとやる、だから7月中には終わる…
そんなこんな出来事、そりゃ集中力は高い(長い)けどさ…と否定気味で解釈してきましたが、
「これってできない人もいるんだよ!?」
と言われると、認めざるを得ない状況になり…
今ではアピールポイントかな笑 と思えるようになりました。
今、この集中力を発揮している場面は、陶芸の時間です。
私の精神科病院のデイケアのプログラムには陶芸があります。
「湯呑み」からスタートして、結局「小鉢」になったひとつめの作品。
あれから10〜15作品は作っていると思います。
やり方を覚える。
理想の形を再現できる。
できるだけうすく完成させる。
いつも目一杯、作業しています。
集中しているとき、無の境地になることがあって、心地よいです!
そんな最近の完成作品がこちら↓


まんまるに、かつ、うすく、少しはできるようになってきたなぁ(えへへ)が感想です。
やっぱ素直に言えないんですね、「嬉しい」って。
↑ ↑ ↑
ASDにも、ほっこりする時間、あります!
これからもお届けできたらいいなぁ。
そう思っています🤭
