【独立】子が生まれ、会社を辞めて、独立しました。
ご覧いただきありがとうございます。TANAYANです。
実は先日、2020年の冬に入社してから約5年間勤めていたWEB制作会社を退職。2025年10月より個人事業主としての活動をスタートします!
この記事では、独立に至る経緯やこれからについてを綴っておこうと思います。

会社では何をしてたの?
自分を受け入れてくれたのは、仙台のとあるWEB制作会社。
バンドマン上がりの自分を受け入れてくれて、正社員として働くのはそこが初めてでした。
最初はWEBコーダーとして入社し、その後はWEBディレクターとしてさまざまなプロジェクトに関わりました。
あまり表には出せませんが、例えば——
福祉系の案件で、アクセシビリティAAを目指してサイトを作ったり
仙台なら誰もが知る大企業相手にコンペをしたり
小さいけれど頑張っている地元商店のサイトを作ったり
会社のWiki(Notion)を総管理したり
会社のブログ編集長としてメディアを立ち上げたり
一人で大阪まで出張したり
とにかく幅広い経験をさせてもらい、本当にありがたい時間でした。音楽しかしてこなかった自分にとって、社会人としての基礎を全部そこで学ばせてもらったと思ってます。

退職の理由
そもそも「独立して自分の道で活動したい」という気持ちは以前からありました。ただ、すぐにではなく、漠然と「今期(来年2026年の春頃)までは在籍しよう」と思っていました。
そんな中、2025年3月に初めての子どもが生まれるという人生の大きな変化がありました。子どもの存在が、独立への思いを一層強めてくれたのは間違いありません。
さらに追い打ちをかけたのが「就労証明書」という書類の存在です。保育園入所にあたり、11月にこの書類を提出する必要があり、それを個人事業主として提出するには「10月から働いている実績」が必要でした。つまり退職を早めざるを得なかった、というわけです。
この条件を知ったのがお盆の時期。自分にとっても急な判断で、育休(6〜8月)を終えて迎えた9月の初日に、会社の代表に「今月いっぱいで辞めたい」と伝えました(笑)。100周回って、一言で「ごめん」という気持ちです(笑)。
なので、退職前提で育休を取ったわけではなかったことだけは、どうかご理解いただきたいです。

フリーランスとして生きる道へと進むことに
まず先に言っておくと、「フリーランス」はあまりオススメしません(笑)
「好きなこと・得意なことで生きていく」という言葉を耳にすることがありますが、現実は甘くないと思っています。収入が不安定であったり、税金や各種手続きの負担があったり。会社員として守られていたことのありがたさが、離れることになっていよいよ実感が湧いてきましたね。
極端に言えば、「会社が倒産しない限り」という条件はあるものの、会社員として決められた時間に出勤してデスクに座っているだけで数十年の生活が保証されます。税金とか勝手に引いてくれるし、保険料とか会社が半分出してくれるし、有給とか育休など休んでもお金が入る制度もある。言い方を極限まで悪くすれば「楽(ラク)」にお金が入ってきます(←不良社員)。
一方で、会社員として5年間働き続ける中で、「このまま給料ってとんとん拍子で上がっていくんだろうか?」「自分は今後も同じペースで成長していけるんだろうか?」という、漠然とした不安のようなものも感じていました。黄色信号が光り出した交差点が見えてきたというか、いわばこの環境での「上限が見えた」感覚。
パッとした転職先も見当たらない。
そもそも自分自身、ゼロから作ることや、それを広めていくことが昔から好きなので、だからこそ個人事業主という立場に身を置きたい。
そんなキャリアの分岐点、自分で道を切り開く方が納得できるしやりがいもあるんじゃないかと。

子の誕生が大きな後押しに
今回の独立を後押ししたのは、やはり子の誕生ですね。
遡ること18歳のとき。
なんとなく「将来困らないだろう」という理由で仙台にある大学の法律学部に進学しましたが、授業がおもしろくなくて辞めてしまいました。
その後の10年間、大学で学んだ内容が役立ったことて果たしてあるんだろうかと未だに思いますし、学歴で困ったことは一度もない。そして今はというと、学費は「奨学金」という名の「借金」を毎月払い続けています(この数万円を旅行に行ったり本買ったりに使いたい…)。
もちろん、地元である八戸という田舎から仙台に出てきてバンド仲間と出会い、大学でしかできない青春を経験できたことは大きな財産。逆に言えば、授業以外の時間での経験が自分の人生に役立っていると思います。
そう振り返ると、「成人するってどういうことなのか」を17歳の大学に行く前の自分に知ってほしかった、という思いがありました。たぶん当時の高校生の頃の自分は、その後の世界をあまり知らなかった・想像できてなかったんだと思います。
だからこそ、子どもにはたくさんの選択肢を与えれるように、そしてこの私の姿勢を示せる親でありたいと思います。(もちろん自分の親には「なんで教えてくれなかったんだ」なんて口を悪く言うことは絶対ないです。「時代だから」で片付けていいのかは微妙ですが、スマホとかなかった時代ですし、母子家庭で苦労あったと思いますし、それに10年以上前ってまだ大学に"とりあえず"行っとけみたいな風潮がまだあったような記憶)。
ただ、「会社員としてなんとなく日々を過ごすだけでは説得力がない」と、子どもが生まれてから、その気持ちはさらに強くなりました。
もちろん、会社員として生き生き働く父親は素晴らしい。しかし自分は、取締役とか事業を好きに動かせる立場に魅力を感じる人間で、例えば子供に「なんでそんなにやりたいことあるのに、それをやらずに会社に行ってるの?」なんて言われた日には返す言葉がない。。。だからこそ、後ろ盾のない状況に自分を置き、挑戦したい。そういう気持ちです。

これから - 「経験をください」
実はとてもありがたいことに、もともと独立したいというのは周囲に言いふらしてたのが功を奏したのか、仕事の大半がリモートでもできることというのもあって、既にいくつかのお仕事のお話をいただいてます。
子供が生まれた大きな変化と、お仕事をちょうどいただける状況になったことなど、結果として自分の意思や環境などのタイミングが一致した形になりました。ある意味で恵まれてる状態だからこそこの独立タイミングというのもあります。
とはいっても、その仕事が明日なくなるかもしれないのは変わりありませんし、その仕事は自分が"本当に"やりたいことではないものもあります。税金や確定申告などの処理も全部自分でやらなければならないし(いや、絶対にめんどくさい)。
そして、子持ちの知人に聞くと、「子供が体調を崩して、連鎖的に家族全員ダウンする時が絶対にくる」とのことで、先が思いやられますね。フリーランスに有給は無いですからね。
でも、そういう現実も含めて、乗り越えていきたいなと。
そしてこれからは、「経験をください」という気持ちを大事にしていきたいですね。初挑戦のこと、未知の業界に踏み込むこと、行ったことのない土地に行くこと。そうしたチャレンジをどんどん自分の「芽」にしていきたい所存です。

最後に、私の活動軸
ここからは個人として活動していくので、これまで関わるきっかけがなかった人とも、一緒にものづくりやプロジェクトをやっていけたらと思っています。もし「こんな経験どう?」という声をかけてもらえたら、ぜひご一緒させてください!
ちなみに、私の活動は主に2つ。
1つ目は個人事業としての「BULLETIS(バレッツ)」というクリエイティブチームでの活動。
2つ目は「FitCree(フィックリー)」というスタートアップで、クリエイター向けのサービス開発。
詳しくは以下の通り↓↓↓
BULLETIS(バレッツ)について
Naofumi Otsuki をチームメイトにした宮城・仙台のクリエイティブチームです。
「旅」をテーマに、写真・動画・文章を通して魅力を発信したり、WEB制作も請け負ったりと、幅広くやっています。屋号やインボイスも取得済みですが、基本的には「おもしろそう」と思えば何でもやりますので、ぜひ気軽に声をかけてください(笑)。
FitCree(フィックリー)について
株式会社の取締役CDOとして起業し、クリエイター特化型クラウドソーシングサービスの立ち上げを進めています。ポートフォリオを起点に仕事との出会いを結びつけ、営業が苦手でも、サービス内の実績がなくても、「今」の価値を見える形にできる仕組みをつくっています。
また、テスト的ではありますが、仕事を発注したい人とクリエイターをつなげる仲介的な活動も自ら行っています。「クリエイターを探している」という会社さんや、「仕事がほしい」というクリエイターさん、協業やご支援のご相談なども大歓迎です。気軽にご連絡ください。あと、サービス作ったことのあるUI/UXデザイナーさんもし見てたら、速攻連絡ください!
それでは、父になった私TANAYANと、チームBULLETIS、そして株式会社FitCreeを、どうぞよろしくお願いします!
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