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#76(スキットル)

冬の午後、食器棚の整理をしていると昔なじみが出てきた。指先で触れるとそれはひどく冷たかった。デルタ・ブルースの巨匠サン・ハウスが愛用していたリゾネーターギターのような銀色の趣が渋くて粋に感じるもの。細かな傷は魚の鱗のようで、あらゆる光を弾いたかと思うとざらざらとその場にのさばったりした。懐かしい高校時代に譲り受けたスキットルだ。

黒の皮パン、ベスト、ライダース、ウエスタンブーツの出で立ちで、前ブレーキを外してミラーは左に付けてフロントフォークは馬鹿みたいに長くて、車種はホンダのレブルだ。廃れた町が若者たちによって「街」に変化していく。アメリカを感じていると「事故ったら葬式はライダースで行ってやれ。それがバイク乗りの礼儀ってやつだ。」そう言われると人生は天国と地獄への二通りしかないように思える、左折か右折か、はたまた量子のもつれのようなことか。なんとなく生まれて確実に死ぬ。地球もバーか、二時間制の居酒屋か、とにかく長居はできない。スキットルに入れたベンチマークをだらだら飲んで「映画俳優になりてぇ。人のためにアスファルト剥がして水道管の交換も今はいいけどよ。年を重ねるとガタが来るのが目に見えるだろ?」喉を潤したいのか、管を巻いて大人への階段を拒否するようだった。

蓋をひねれば抑うつが晴れるかもしれない。二つ上の宮川祐二から譲り受けて三十年の時が経つ。ふと「生きててくれ」と思った。あの時スキットルを僕に譲ってなければどうだっただろう。ルートバーン・トラック(ニュージーランド)に行ったり、ワイキキの洒落たサンセットビーチで時をつぶしたり、真冬のバンフ国立公園(カナダ)に旅に出たりしていたのかもしれない。行動的に見えた彼だったから。

食器棚の横にある小さな窓からミモザの爽やかなにおいが風に吹かれてくる。耳を澄ますと遠くで電車の音がして低くゆっくり走っている。スキットルの底からは「死者の遺言」が語られていくのであった。現代風な鋭く短い言葉はしばらく頭に残ったり心に残ったりした。「強引でよかったのよ」「死んだら新しい乗り物探すだけ」「賽の河原だよ」すべて戒名なので名乗られたところで不明なのだが、半分生きているような者たちだ。一分間に十回ほど脈を打っているかもしれない。瞬きも四年に一度するかもしれない。蓋をひねってまるっきり空にしたら小さな窓から風に晒して成仏するように手を合わせた。「さよなら。」

部屋を出て夕刻の公園に出た。空はスキットルに似た灰色のような銀色だ。年金暮らしの佐藤敏雄に近寄ってスキットルを見せると「傷はあればあるだけいいね」ここを通ってどこをどう流れていくのだろう。思い出を容易く売ってしまうのか、会者定離と云う四字熟語がぼーっと頭をかすめる。でも僕は決心していたのだろうか別れを。小細工せずに素直に譲った。「大切に使ってください」と添えて。ホーディング障害の彼は捨てないと思う。不要なものでさえ手放すことに激しい苦痛や恐怖、不安を感じる障害だから。「誰も思い出は捨てない、捨てられない、捨てさせない。」こうするしかなかった・・・。

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