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婦人警官記念日:もし好きな仕事を選べなかったら? はじめて道をひらいた女性たちの物語(絵本風やさしい記事)

もし、将来やりたい仕事があったとしても、「それはあなたにはできません」と言われたら、どう思うでしょうか。

好きなことなのに。
やってみたいと思っているのに。

それでも「ダメ」と言われてしまう。

今では考えにくいかもしれませんが、
むかしの日本では、そんなことが当たり前のようにありました。

とくに女性は「この仕事は向いていない」と決められてしまい、
やりたいことに挑戦することさえ難しい時代があったのです。

でも――
そんな時代に「それでもやりたい」と一歩を踏み出した人たちがいました。




はじめて制服を着た女性たち 

子どもたちを見守る婦人警官。その背中には、新しい時代が始まっていた

子どもたちを見守る婦人警官。その背中には、新しい時代が始まっていた

4月27日は「婦人警官記念日」です。

1946年(昭和21年)のこの日、敗戦から間もない日本で、はじめて女性の警察官が勤務につきました。最初に採用されたのは、ごくわずか。

当時、警察官は完全に「男性の仕事」とされていた時代です。制服に袖を通したその日、町の人たちは驚いたことでしょう。まわりからの視線は、好奇心と戸惑いが混じり合っていたかもしれません。

それでも彼女たちは、前を向きました。

当初の任務は、迷子の保護や女性・子どもへの支援など、女性や子どもに関わる場面での活躍が期待されました。

「力仕事ではなく、細やかな気配りが必要な場面にこそ、自分たちの出番がある」――そう信じて、日々の仕事に向き合っていたのかもしれません。

その小さな一歩は、やがて大きな流れへと変わっていきました。今では、女性の警察官がいることは特別なことではありません。

でも、その"当たり前"は、1946年のあの日から始まったのです。


「できない」と言われてもあきらめなかった人

苦しむ人を救いたい――その思いが、扉をこじあけた

苦しむ人を救いたい――その思いが、道を切りひらいた

荻野吟子さんは、日本で初めて女性の医師になった人です。1885年(明治18年)のことでした。

彼女が生きていた時代、女性は医師の試験を受けることさえ認められていませんでした。学校には通えても、「受験資格なし」と門前払いにされてしまうのです。

それでも吟子さんはあきらめませんでした。その粘り強さの根っこには、自身の体験がありました。

若いころに病を患い、治療のために見知らぬ男性医師に診てもらわなければならなかったこと。その恥ずかしさと苦しさを、彼女は忘れることができなかったのです。

「同じ思いをする女性を、一人でも減らしたい」

その一心で、制度の壁に何度もぶつかりながら、東京府などへの請願を繰り返しました。そしてついに、女性として初めて医術開業試験への受験が認められ、合格を果たしたのです。


未来のために学びの道をひらいた人

「学びたい」という願いが、時代を動かしていく

「学びたい」という願いが、時代を動かしていく

津田梅子さんは、女性が自由に学ぶことが難しかった時代に、新しい道をつくった人です。

なんと、アメリカへ初めて留学したのは6歳のとき。1871年(明治4年)、政府の使節団に交じって太平洋を渡りました。異国の地で11年間を過ごし、帰国したとき、彼女は17歳になっていました。

でも、日本で待っていた現実は厳しいものでした。高い教育を受けた女性が活躍できる場が、ほとんどなかったのです。

そのもどかしさを胸に、梅子さんはもう一度アメリカへ渡り、さらに学びを深めます。

帰国後、1900年(明治33年)に設立したのが、現在の津田塾大学につながる「女子英学塾」です。

「女性が経済的に自立できるように。自分の力で道を切りひらける人を育てたい」

その思いが、今の「学べる当たり前」につながっています。


気づかないうちに変わってきたこと

雲の向こうへ――可能性は、どこまでも続いていく

雲の向こうへ――可能性は、どこまでも続いていく

時代が令和になった今、町を見渡してみると、女性のバス運転士や電車の運転士を見かけることがあります。大きなトラックを運転する人の中にも、女性がいます。

少し前までは「めずらしい」と感じられていた光景かもしれません。でも今では、それが少しずつ当たり前になってきています。

さらに、空の世界でも変化が起きています。松島美紗さんのように、戦闘機のパイロットとして任務にあたる女性もあらわれました。

そして――宇宙へ。
向井千秋さんのように、宇宙へ飛び立った女性もいます。

かつては考えられなかった場所にまで、
少しずつ道がひらかれてきたのです。


時代は、少しずつ変わっていく

誰かの一歩が、次の当たり前をつくっていく

誰かの一歩が、次の当たり前をつくっていく


昔は考えられなかったことが、少しずつ現実になってきました。

はじめの一歩は、きっととても勇気のいるものです。まわりに理解されないこともある。「なぜそこまで」と不思議がられることもある。

それでも歩みを止めなかった人たちがいたからこそ、次の人が歩きやすくなり、やがてそれが「当たり前」になっていきます。

もし今、「できない」と言われていることがあったとしても、それは"ずっとできない"という意味ではないのかもしれません。

時代は、ゆっくりと、でも確実に変わっていきます。

そしてその変化は、誰かの小さな一歩から始まっているのです。(文:千里ふうた)

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