金子みすゞって優しいか?!『誰がほんとを』と『積つた雪』
金子みすゞの詩を声に出して読み合う【みすゞ塾】が、20年以上続いています。

全集を5編ずつ読み進めて、今3巡目。
みすゞが、どういう順番で詩を置いたのか。そこにも彼女の思いがあるはずですよね。
それを読み取れるようになるには、20年という歳月が必要なのかな…。
2巡目の時には気付かなかった、たくさんの発見がまだまだあって。
今回取り上げる詩は、『空のかあさま』という第Ⅱ詩集の5つめの章『いろはかるた』の最後の2つ。『誰がほんとを』と『積つた雪』と、章タイトルと同じ題の『いろはかるた』。
もし自分が詩人で、詩集を編むとしたら…
最初と最後にどれを置くか。そして、章タイトルと同じ題にした作品って、そういうポジションということになりますよね。
まずは『誰がほんとを』

赤は、遺稿原本では【こうなってるよ】という表記
みすゞは、タイトル末尾に読点を入れたい人だったのね
日本語表記的にはおかしい(?)からって、詩人が打った読点を勝手にトっていいのだろうか?
芸術って、正しいとか間違ってるとかいう物差しとは別次元の表現だと私は思う。
"よその小母さんはほめたけど、 なんだかすこうし笑つてた"って…
口では綺麗なこと言ってても、裏では舌出してるのよ、ってことですよね。
後ろから4行目
"(私は、かはいい、いい子なの、 それとも、をかしなおかほなの。)"
これは、はたして【顔】のことを聞いてるのだろうか?
【私を可愛いと思ってくれてるの?愛してくれてますか?】と問うているのではないだろうか?
親(みすゞの場合、3歳になる頃に父を亡くしているので、母)に愛されてる確信があれば、こんなこと聞かないでしょ。
みすゞにこれを書かせた奥には、何があったのか?
みすゞの父親(庄之助)は渡海船という荷役の仕事を辞め、義妹が嫁いだ本屋を手伝っていた。
下関で一番大きな上山文英堂という書店だ。
庄之助は、中国(当時は清)に出す支店を任され単身赴任。脳卒中と思われる状況で急逝。
病気で亡くなったのに、妻ミチ(みすゞの母)は「清国の馬賊に殺された」ことにして、無縁墓に葬った。
非業の死を遂げた者は成仏できなくて彷徨うので、先祖の霊と交わらないよう代々の家の墓には入れないという習わしがあったからだ。
ここから谷は、【みすゞの父はスパイだったのでは】という仮説を立てた。そうすると、全ての謎が解けるのだ。詳しいことは、10月出版予定の伝記をお読みいただければと思う。
この謎は、みすゞと母の確執の原因の一つとなったのではないだろうか。
「うちのお父さんのお墓は、どうしてよそのお家と違うの?」
子どもの無邪気な問いかけに、ミチは何と答えたのか、どんな態度だったのか。
勘の鋭いみすゞは、【二度と聞いてはいけないこと】と悟っただろう。
これらを踏まえて『誰がほんとを』に戻ると…
美しい花に対して、汚い人間の真実。小鳥も「そんなこと言えません」と逃げてしまう。
この詩の次に置かれているのが『積つた雪』だ

これは割と知られていて、ファンの多い詩だろう。
多くの人が発表している鑑賞では、凡人には一塊にしか見えない雪を三層に分け、中の雪の気持ちを思いやる優しさが主題となっている。
果たして、そうだろうか?
中の雪を思いやってるの?中の雪って、みすゞ自身じゃないの?
雪を外から眺めている傍観者ではなく、一人称の詩ではないの?
『誰がほんとを』の次に置かれていて、『いろはかるた』という章の最後に当たっている。
私の寂しさを誰も分かってくれない、という孤独を吐き出しているとしか、私には思えない。
ここで、章タイトルと同じ題の詩を見てみましょう

かるた遊びをしている子どもの声で、書き出しは明るい。
兄を迎えに行く理由は分からないし、事実かフィクションかも分からないが…
みすゞと兄は仲の良い兄妹だった。天気は悪いけれど、大好きな兄を迎えに行くとしたら、「喜んでくれるかな」「役に立てて嬉しいな」という気持ちではないだろうか。
しかし、歩を促すかのような声につられて歩きだした先は暗い…という終わり方になっている。
【いろはのい】という慣用句があるように、【いろはかるた】という言葉には単なる歌留多遊びを超えた含意を感じる。
そう、人間の一生のような。
『いろはかるた』という章を、『誰がほんとを』『積つた雪』で締めくくったみすゞの人生観が、ここにある。

