金子みすゞの死後初出『木』と、遺稿手帳にはない『先生』という詩
金子みすゞの伝記執筆における調査・確認で絶大なサポートをして下さってる応援団の方から、すんごいプレゼントが届きました!!!

まさに、先日の講演で話したばかりの本です。
金子みすゞは鮮烈なデビューの2年後、(たぶん)西條八十の推挙で童謡詩人会への入会を許され、会発行の『日本童謡集』1926年版に(写真右の本)『大漁』と『お魚』が載りました。
これは、投稿した詩が選ばれて雑誌に載るのとは、ステイタスが全然違う!!!
みすゞは23歳にして、白秋や雨情に並ぶ錚々たる詩人たちの仲間入りを果たした、その本なのです。

そしてこの『少女クラブ』昭和28年6月号には、死後初出の『木』と、遺稿手帳(全集)には載っていない『先生』が掲載されています。
死後初出ということは、八十がみすゞから託された遺稿手帳から選んで載せたということです。
その『少女クラブ』の表記が、遺稿と違うのです!!!
すなわち、【八十が手を入れた】ということに他なりません。
そこから類推して、生前の雑誌掲載作も、選者の手が入っていると、私は考えています。
クリスマスイブに、すんごいプレゼントが届きました。
Merry Christmas、良いイブを!
先日、note様から「1年のまとめ」が届きました。
マニアック過ぎる私の記事など読む人いないと思っていました。でも、残しておかなければ無かったことになってしまう大切なことなので、遺言のつもりで綴っています。思いがけず、たくさんの方が読んで下さっていると知りました。
note様、お読み下さった皆様、本当にありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎え下さいね。
