妄想図書館 〜まだ恋をしてもいいですか? 6冊
第六章 この恋の正体
次に図書館を訪れたとき、
私は、少しだけ違和感を覚えた。
いつもなら、
ドアを開けた瞬間に感じる、
あの甘い匂いが、
ほんの少し、薄れている。
空気が、
少しだけ、
現実に近づいているような気がした。
私は、
棚の前で立ち止まる。
あの本は、
ちゃんと、
そこにあった。
でも、
なぜか、
『待ってくれている』感じが、
今日は、少しだけ…。
私は、
椅子に座る前に、
ふと、カウンターの方を見る。
そこに、
初めて、
人の気配があった。
年配の女性が、
静かに帳簿のようなものを、
めくっている。
「…あの。」
声をかけると、
その人は、ゆっくりと顔を上げた。
穏やかな目だった。
でも、
どこか、
すべてを知っているような目。
「この図書館、
ずっと、ここにあったんですか?」
私の問いに、
その女性は、
少しだけ、
微笑んだ。
「ここに来る人にとっては、
ずっと、ここにありますね。」
なんだか、
答えになっていない。
私は、
胸の奥が、
少しざわつくのを感じながら、
続けた。
「…あの本に出てくる人は、
実在の人なんでしょうか。」
女性は、
しばらく、
私を見つめたあと、
静かに言った。
「あなたは、
あの人に、…、
何をもらいましたか?」
質問で返されて、
私は、
言葉に詰まった。
安心。
やさしさ。
肯定。
『そのままでいい』という、
居場所。
「…大切にされている、
っていう気持ちですかね。」
そう答えると、
女性は、
少しだけ、
うなずいた。
「それが、
あなたの『心が、本当に欲しかったもの』ですよ。」
私は、
その意味が、
すぐにはわからなかった。
「彼は、
誰か、ではありませんよ。」
女性は、
そう続けた。
「あなたの心が、
あなたを守るために、
あなた自身の『希望の形』として、
生み出した存在ですから。」
胸の奥が、
じんと、
熱くなった。
それは、
少し、
残酷で、
でも、
どこか、
やさしい真実だった。
「…じゃあ、
私は、
自分に恋をしていた、
ってことですか?」
私の声は、
少し、
震えていた。
女性は、
首を横に振った。
「あなたは、
『あなたを大切にしてくれる存在』に、
恋をしたんです。」
「それが、
あなたの中から、
生まれただけ…。」
私は、
胸に、
手を当てる。
そこには、
ずっと、
誰かに求めていた『言葉』が、
ちゃんとあった。
「ほら、
行ってみてください。」
女性は、
やさしく言った。
「最後に、
ちゃんと、
お別れを…。ね。」
私は、
あの本を手に取った。
ページを開くと、
夕暮れの海が、
いつもより、
少し淡く見えた。
彼は、
そこに、
立っていた。
いつもと同じ微笑みで。
でも、
私はもう、
その意味を、
知っている。
私は、
一歩、
彼のほうへ踏み出した。
