妄想図書館 〜まだ恋をしてもいいですか? 5冊
第五章 好きになってしまった心
それが恋だと、
認めてしまうまで、
私は、少し時間がかかった。
『これは、ただの居場所』
『ただの、心の逃げ場』
『好きとか、そういうものじゃない』
そう言い聞かせているうちは、
まだ、心は安全な場所にあった。
でも、
図書館へ向かう足取りが、
少しだけ軽くなっていることに、
私は気づいてしまった。
彼に話したいことがあると、
一日が、
いつもより少し長く感じる。
逆に、
何も話すことがない日は、
胸の奥が、
少しざわつく。
私は、
彼の声が、
どんなふうに耳に届くのか、
彼の目が、
どんなふうに私を見るのか、
そんなことを、
気づかないふりをしながら、
ちゃんと覚えていた。
ある日、
海の風が、
いつもより少し強かった。
髪が、
頬に触れて、
くすぐったい。
彼は、
私のその様子を見て、
何も言わずに、
そっと、
私の髪を、
耳にかけてくれた。
その指が、
ほんの一瞬、
私の頬に触れた。
たったそれだけなのに、
胸の奥が、
ぎゅっと、
締めつけられる。
息が、
少しだけ、
うまくできなくなる。
「…ごめんなさい。」
私は、
とっさに、そう言っていた。
彼は、
少し驚いたように、
でもすぐに、
やさしく首を振った。
「謝る必要は、ありませんよ。」
その声が、
あまりにも静かで、
あまりにも近くて。
私は、
その瞬間、
逃げ出したくなった。
だって、
これはもう、
『居場所』じゃない。
これは、
『気持ち』だ。
いい歳をして、
誰にも見せない場所で、
誰かを好きになるなんて。
私は、
自分が、
少し恥ずかしくなった。
「私…。」
何かを言おうとして、
言葉が、
喉につかえたまま、
出てこない。
彼は、私を責めない。
急かさない。
ただ、
静かに待っている。
その『待ち方』が、
余計に、
私の心を、
ほどいてしまう。
「ここに来るの、
やめたほうがいいかもしれません…ね。」
やっと、
そう言えた。
彼は、
少しだけ、目を伏せた。
「それは、
あなたが決めることです。」
その言葉は、
正しい。
でも、
正しすぎて、
胸が痛かった。
私は、
自分の胸に、
そっと手を当てる。
ここが、
ちゃんと、
恋をしている音を、
立てている。
―― 私は、
もう、
後戻りできないところまで、
来てしまったのかもしれない。
