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妄想図書館 〜まだ恋をしてもいいですか? 2冊

第二章 一冊の本を、手に取っただけなのに


ドアを閉めると、

外の音は、嘘みたいに遠くなった。

車の走る音も、

誰かの話し声も、

ここには届かない。

あるのは、

床を踏む自分の足音と、

どこかで静かに鳴っている時計の音だけだった。

カチ、コチ。

カチ、コチ。

時間が…。

私の心臓と同じ速さで動いているみたいで、

胸の奥が、少し落ち着く。

その中は、想像していたよりも広くて、

でも、ひっそりとしていた。

古い木の棚が、壁一面に並び、

その間を縫うように、細い通路が伸びている。

本はどれも、

特別な装丁をしているわけじゃない。

普通の文庫本のようで、

でも、なぜかどれも少しだけ、

私を見ているような気がした。

「…こんにちは。」

思わず声に出していた。

返事はない。

少し安心して、

少し寂しい。

私は一番手前の棚に近づいて、

何冊か、背表紙を眺める。

タイトルは、どれも見慣れない。

恋愛小説のような、

エッセイのような、

それでいて、どこか曖昧な名前ばかり。

その中で、

一冊だけ、

なぜか視線が離れなくなった本があった。

淡いグレーの表紙。

タイトルも、著者名もない。

ただ、

角に小さく、鉛筆で書かれたような文字があった。

『あなたへ』

それだけ。

私は、その本を、

そっと棚から抜き取った。

指先に伝わる紙の感触が、

少しだけ、あたたかい。

「…私?」

誰に向けた言葉なのか、

わからないのに、

なぜか、私に呼びかけられている気がした。

近くにあった木の椅子に腰を下ろし、

私は、ゆっくりとページを開いた。

最初のページには、

文字がびっしり書いてあるはずなのに、

何も書かれていなかった。

白い。

まっさらで、

少し眩しいくらいの白。

「あれ…?」

ページをめくっても、

次のページも、その次も、

全部、白いままだった。

私は首をかしげながら、

もう一度、最初のページに戻る。

すると…。

白い紙の上に、

うっすらと、影のようなものが浮かび上がった。

文字じゃない。

でも、

確かに『何か』が、そこにある。

次の瞬間、

胸の奥が、きゅっと縮んだ。

ページの中から、

風の音が聞こえた気がした。

それは、

私の部屋の窓から聞こえる音でも、

外の夜の音でもなくて。

もっと、

遠くて、

でも、なぜか懐かしい音。

私は息を止めたまま、

ページを見つめる。

白い紙の上に、

ゆっくりと、景色が浮かび上がってくる。

夕暮れの空。

やわらかい橙色の光。

遠くに、静かな海。

そして、

その海を背に立っている、

一人の男性の後ろ姿。

背中は、

どこか、

懐かしい。

私は、

その後ろ姿から、

目が離せなくなっていた。

「…誰?」

声に出した瞬間、

男性が、ゆっくりと振り返った。

優しい目をしていた。

知らないはずなのに、

ずっと前から知っているような、

そんな目。

彼は、

少しだけ微笑んで、

静かに、口を開いた。

「あなた、最近ちゃんと笑っていますか?」

その一言で、

胸の奥の何かが、

音を立てて崩れた。

私は、

返事ができなかった。

…。
だって、

その質問は、

私が一番、自分にしてほしかった言葉だったから。



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