書きながら書く
書きながら考えるシリーズがありました。
感じるままに書く、もやってみました。
まぁ適当に言葉は出てくる。
でも今ちょっと感じるのも書くのも考えるのも嫌になってる。
noteのめり込みの反動もあるのかもしれない。
「〇〇する為に書く」事自体をやめないとかけないので、ただ書きながら書く、という新しい事をやってみます。
書いてる事になんの意味もないけど書く。
他に出すものないのかたにおひめ?
心の声ちゃんも、仮死状態なのかしら。
おーい心の声ちゃん、いきてる?
……。
反応無いですね。
なにか身体にいいことをすべきだろうけど、そうとう落ちてますね。
どこに?
現実の奈落に。
春来たよ(*´∀`*) のフリしてまたまた寒くなりやがったお天気のせいだと言う人もいますが。
こんなのお天気のせいであって良いわけがない。
色々ときれいっぽい事を言ってますが、実は、いつも「崩壊・決壊」の直前みたいな感じで生きています。
「あーもうすぐ綻びるな。」
と破綻しそうな、というか、破綻していこうとするものを眺めて毎日を過ごし、土嚢を積み上げたり何かを補強して破綻と決壊を遅らせる努力さえもしない。
そもそも、何を押し込めているんでしょう。
よくわかりません。
そんな中でこちらの記事に出会って、何かが楽になりましたので紹介しておきます。
テクニカルな事はとんと苦手なので説明の説明はぜんぜん分かってないけど、概念として言ってる事は「あぁ、そうよね」と感じられる。
可愛い女の子の画像を貼りたかっただけかもしれないし、これが分かってたらかっこよさそうなタイトルを貼りたかっただけかもしれない。
どうして何をしたのかは頭が考える後付けの理由、というのは右脳と左脳を切り離されている人を使った実験の動画で見たことがあります。
文字で指示されて飲み物を取りに行く被験者に「どうして今飲み物を取りに行くの?」と話しかけて尋ねると「喉が乾いていたから」という。
話しかけられて応える脳には文字での指示が伝わっていないから、急遽自分で納得できる理由を作り出した、というものだったと思います。
音楽をやっていて面白いと思うのも、そういう部分かも。
果てしないカオスの中であるタイミングや動きを延々と選択していく。
じぶんという小さな歯車の決定が大きな結果の中でどうなったかなんてわからないけど、一番波に乗りやすそうな部分を身体が選択しているみたいな感覚になる。
あとからその一瞬を切り取って、あのときこうしたのはこうだったから、と説明はできるけど、説明する事にあまり意味はなくて。
ーわーー。どんどんとりとめなくなってるね。
せめて何か素敵なものを紹介したい。
去年エンドレスで聞き続けたアーティストの曲です。
でも今年はずっと米津玄師をきいている。
実は今年まで名前はよく見かけるけど聞いたことがなかったんですよね。どこかでたまたま耳にしたら突き刺さってきました。
アーティストを好きになる、という経験そのものがかなり少なくて、ファンになるってこういうことかぁ、、と40手前で知り始めています。
#なんのはなしですか
タグを付けるのにふさわしい気がしてきた。
うん、そうしよう。
今日はここまで!
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