ガラスの城の呪い
北の国に、朝日を浴びるたび七色に輝く、美しいガラスの城があった。
しかし、その城には呪いがかけられていた。
呪いをかけたのは、北の国の魔女。
魔女は誰よりも猫を愛していた。
空腹の猫を追い払う者。
眠っている猫を起こす者。
猫の気持ちを考えようとしない者。
そんな人々を、魔女は白い鳥へ変えてしまった。
やがて城には、人よりも白い鳥の方が多くなった。

親子は離れ離れになり、夫婦は言葉を失い、恋人は互いを見つけても名前すら呼べない。
悲しみに包まれた城を見下ろしながら、魔女は人々へ告げた。
「人間に戻る方法は一つだけ。ガラスの城の図書室の本棚に一番大きな本を探すと良い。その中に……呪いを解く秘密が書き記してあるぞよ」
その言葉を信じ、多くの人が図書室へ向かった。
だが、本の上では一匹の大きな猫が気持ちよさそうに眠っていた。

本を取ろうとして猫に触れた者は、
「睡眠妨害。」
その一言で白い鳥へ変えられてしまう。
餌を置いても起きない。
鈴を鳴らしても起きない。
誰一人、本を開くことはできなかった。
🐈🐾🐾🐾🐾
遠く離れた南の国。
花々が一年中咲く庭で、一人の小さな少女が暮らしていた。
少女は幼い頃の記憶を持っていなかった。
覚えているのは、白い鳥の羽が舞う空と、誰かの温かな腕のぬくもりだけ。
少女を育てたのは南の国の魔女だった。
ある日、魔女は一冊の古い地図を少女へ手渡した。
「あなたの生まれ故郷の地図よ」
少女は驚いて顔を上げた。
「ガラスの城の呪いが始まった夜、あなたの両親も白い鳥になってしまって、あなたを育てることが出来なかったの。だから私はあなただけを南の国へ連れて来てしまったの」
少女は涙をこぼした。
「お父さんとお母さんは……」
「今も北の国にいるわ」
魔女は優しく微笑んだ。
「あなたなら、きっと呪いを解けるでしょう」
そう言うと、少女の背中に小さな蝶の羽を授けた。
身体は人の小指ほどまで小さくなった。
「呪いが解けたとき、あなたも元の姿へ戻れるから安心して」
少女は花びらの舟に乗り、北の国へ旅立った。

🦋🦋🦋🦋🦋
図書室では、大きな猫が今日も大きな本の上で眠っている。
無事に北の国にたどり着いた少女は本には向かわず、ふわりと蝶の羽を広げ、猫のまわりをひらひらと舞い始める。
すると甘い花の香りが図書室いっぱいに広がり始め、猫のひげが揺れ、耳が動き、鼻先が香りを追いかける。
ゆっくりと目を開けた猫は、目の前を舞う小さな蝶に夢中になる。
蝶は窓の外へ飛び立つ。
猫は大きく伸びをすると、本から飛び降り、その後を追いかけて行った。
その隙を見て、若者が本を開き大きな声で読み上げた。
そこに書かれていたのは、魔法ではなかった。
猫の気持ちだった。
眠る理由。
高い場所が好きな理由。
しっぽで話す理由。
安心すると目を細める理由。
そして最後のページには、こう書かれていた。
『猫の気持ちは、猫にしか分からない。だから、決めつけず、寄り添いなさい』
その言葉を読んだ北の国の魔女は、最初は満足そうに頷くのだが、ハッとした。
私は猫を守っているつもりでも、鳥にされてしまった人の気持ちを考えていなかったのだ。
大きな猫は魔女の膝へ飛び乗り、喉を鳴らした。
その瞬間、ガラスの城を包んでいた呪いは静かに消えていく。
白い鳥たちは次々と人間へ戻った。
少女の蝶の羽も七色の光となって空へ溶け、元の人間の姿へ。
人々が喜び合う中、一組の夫婦が少女を見つめたまま立ち尽くしていた。
「……リラかい?」
少女はその声に振り返る。
胸の奥の記憶が、小さな灯火のようによみがえる。
洋服に付いた白い鳥の羽。
優しく抱きしめる腕。
「お母さん……」
「お父さん……」
少女は駆け出し飛び付いた。
両親もまた少女を抱きしめる。
長い年月を経て、ようやく家族はひとつになった。
南の国の魔女は遠くの丘からその様子を見守り、静かに微笑んだ。
花びらが二つの国を結ぶように空へ舞い上がる。
ガラスの城の図書室には、今日も一匹の白猫が気持ちよさそうに眠っている。
誰も猫を起こそうとはしない。
猫は安心して眠り、
人は相手の気持ちに耳を傾けることを覚えた。
そして北の国と南の国との間では、花びらの舟が行き交うようになった。
おしまい。
こちらの企画に参加させていただきました。片桐 みかんさん、ありがとうございます。 ⬇️
