サッちゃんの長靴と線香花火
サッちゃんは雨の日が待ち遠しかった。
今まで履いていた長靴が小さくなり、新しい長靴を買ってもらったのだ。
前の長靴は黄色だったけれど、今度はお気に入りの赤い傘に合わせて真っ赤な長靴。鏡の前で何度も履いてみては、雨の中を歩く自分を想像した。
けれど、なかなか雨が降らない。
六月なのに空は毎日青く、サッちゃんは窓辺に頬杖をついてため息をついた。
そのとき、窓に吊るされたてるてる坊主が目に入った。
ケンタお兄ちゃんが遠足のために作ったものだ。
「てるてる坊主さん、ごめんね」
サッちゃんは椅子によじ登り、そっと外した。
すると不思議なことに、しばらくして空が曇り、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
「やったあ!」
サッちゃんはミルクキャラメル色のレインコートを着て、赤い水玉模様の傘を開き、真新しい赤い長靴を履いて外へ飛び出した。
水たまりを見つけては、じゃぶん。
また見つけては、じゃぶじゃぶ。
雨粒も、水しぶきも、みんな友だちだった。

そして駄菓子屋さんの前にできた大きな水たまりへ。
「それーっ!」
勢いよく飛び込むと、水しぶきが高く舞い上がった。
その飛沫の一部が店の中まで飛び込んでしまったことに、サッちゃんは気づいた。
店先には線香花火の箱が置かれていた。
胸がどきりとした。
けれど怖くなって、そのまま家へ走って帰ってしまった。
翌日。
お母さんにお豆腐のお使いを頼まれたサッちゃんは、帰り道で駄菓子屋の前を通った。

昨日のことが頭に浮かぶ。
ポケットには、お駄賃の十円玉。
サッちゃんはぎゅっと握りしめ、店に入った。
「おばちゃん、線香花火を十円分ください」
おばちゃんはにっこり笑った。
「一本一円だから十本だね」
そう言って箱から取り出そうとしたが、箱は少し湿っていた。
「あらら。昨日、急に雨が降ったからねえ。晴れ予報だったもんで、奥にしまい忘れてたよ」
おばちゃんは奥から新しい箱を持ってきて、十本を小さな紙袋に入れた。
けれどサッちゃんは受け取らなかった。
そして勇気を出して、昨日の出来事を全部話した。
水たまりに飛び込んだこと。
水しぶきを飛ばしたこと。
黙って帰ってしまったこと。
話し終えるころには、目がうるうるしていた。
するとおばちゃんは、からからと笑った。
「そんなことだったのかい」
そして店の外を指差した。
「この店の前はね、雨の日になると大きな水たまりができるんだよ。車が通るたびに水しぶきが飛んでくるから、本当はビニールのカーテンを下ろすんだけどね」
おばちゃんは肩をすくめた。
「昨日はおばちゃんが忘れちゃったんだ」
そう言って、十本入りの袋を差し出した。
「これは正直に話してくれたご褒美」
さらに十本。
「これは十円分」
そして、もう十本。
「それから、今日は勇気を出したおまけだよ」
気がつけば袋の中には三十本の線香花火。
サッちゃんはびっくりして目を丸くした。
「ありがとう!」
その夜。
お母さんにお気に入りの浴衣を着せてもらい、庭で花火をした。
三十本をサッちゃんとケンタお兄ちゃんと弟のアキラで分ける。
駄菓子屋のおばちゃんが喧嘩しないように、ちゃんと同じ数にしてくれたのだ。

じりじり。
ぱちぱち。
しゅるしゅる。
すぅっ。
小さな火花が夜の闇に咲いては消えていく。
サッちゃんは柔らかな燈の先に、駄菓子屋のおばちゃんの笑顔を思い出していた。
正直に話すのは、とても勇気がいる。
けれど、その勇気は誰かのやさしさに出会うための扉なのかもしれない。
花火の先で揺れる小さな光を見つめながら、サッちゃんの胸の中にも一輪の花が咲いていた。
それは線香花火よりも長く輝く、やさしくて温かな花だった。
片桐 みかん様のこちら⬇️の
企画に参加させていただきました。
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