かぐや姫は落ちるのがお好き
月うさぎ茶屋でアルバイトをしていたかぐや姫の仕事は忙しかった。

お月さまの掃除。
月うさぎの世話。
竹の水やり。
そして天の川へのお使い。
ある夜、かぐや姫はお使いの途中で足を滑らせた。
「きゃあ〜」
気がついた時には、天の川の流れに飲み込まれ、そのまま地上へ落ちていた。
目を覚ますと、辺りには誰もいないが、実は昨夜、ここでは狐たちが嫁入りをしていたのだ。

月明かりと雨が必要な狐の嫁入り。
雨が降らず困っていたところへ、天から雨水と一緒にかぐや姫が落ちてきたのだった。
狐たちは「天の恵みだ」と喜び、大急ぎで結婚式を挙げた。
そして人間に見つからぬよう、眠るかぐや姫をそっとその場に残したのである。
そんなこととはつゆしらず、辺りをさまよい歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
声をたどると、お地蔵さまたちが井戸端会議をしていた。

墓参りに来てもスマホばかり見ている若者の話。
願い事だけはしっかりしていく人間の話。
最近は供え物のお団子が減ったという話。
みな楽しそうだった。
「あの……」
かぐや姫が声を掛けると、お地蔵さまたちは驚いた。
「わしらが見えるのか?」
かぐや姫から事情を聞いたお地蔵さまたちは顔を見合わせる。
「月へ帰るなら、満月の夜まで待つことじゃ」
満月の夜。
一本の竹が銀色に光りながら天へと伸び、梯子をを作る。
そしてかぐや姫は狐たちとお地蔵さまたちに見送られ、無事に月へ帰ることができた。

かぐや姫は無事に月うさぎ茶屋へ戻ることが出来たが、店主にこっぴどく叱られた。
「どこまでお使いに行っておったのか!」
「どうせ、いつものように寝落ちておったんじゃろう!」
「してません!」
結局、その日一日中、かぐや姫はうさぎ小屋の掃除をさせられた。
それから数百年後。
かぐや姫は再び天の川へのお使いを命じられた。
今度こそ慎重に歩こう。
そう心に決めていた。
ところがその途中、
地上から聞き覚えのある声がした。
「最近の若者はのう……」
あのお地蔵さまたちだった。
懐かしくなったかぐや姫は、少しだけ身を乗り出して地上を覗き込んだその瞬間……
一本の竹が光り輝き、その中から……それはそれはかわいらしい、お人形のような女の子が現れた。
さらに数百年後……
月うさぎ茶屋はおしゃれな「ムーンライトカフェ」へと生まれ変わっていた。
星たちの演奏するグロッケンが人気の店だ。
しかしその音色は、かぐや姫にとっては最高の子守歌。
食器洗いをしながらうとうとして、お皿をいくつも割ってしまう。
眠気覚ましにと、マスターの命じられ天の川のほとりへ金平糖を取りに行くのだが……
またしても足を滑らせて天の川の流れに飲み込まれ、そのまま寝落ちするかぐや姫。
次に目を覚ました場所は夢見が丘駅の待合室のベンチだった。
かぐや姫は、電車の発車ベルに飛び起きた。
「やっとお目覚めか」
現れたのは駅長。しかしその正体は、狐の嫁入りで出会った狐だ。
「あれに乗り、紫陽花駅まで行くがよい」
かぐや姫は言われるまま電車に乗り込んだ。
沿線には色とりどりの紫陽花が咲き誇り、葉の上を転がる雨粒は宝石のように輝いていた。
紫陽花駅に着くと、また狐の駅員が待っていた。
案内されたのは雨宿り喫茶『しずく』
という小さな喫茶店。

恐る恐る店の中に入ると、マスターはお地蔵様だった。
お地蔵様たちが勢揃いで、またもや井戸端会議の真っ最中だ。
そして今夜も狐たちの結婚式が行われるらしい。
季節は梅雨で今も雨が降っていた。
今回足りないのは、月明かりなのだとか。
そこでかぐや姫は、人々が月を見上げた記憶の光を夜空へ放ち、雨雲の向こうに優しい月明かりを灯す。
狐たちは、かぐや姫のお陰で無事に結婚式を挙げることができた。
そして次の満月の夜まで、かぐや姫は雨宿り喫茶『しずく』で美味しいコーヒーの淹れ方をマスターすることになった。
満月の夜。
紫陽花駅の終電に乗り込むかぐや姫。

手にはコーヒー豆と苗を持っていた。
線路脇の紫陽花は柔らかな光に照らされ、幻想的な夜の旅が続く。
終着駅の虹ヶ丘駅では、透明な長靴が用意されていた。
月明かりに照らされた長靴はまるでクリスタルのように輝いていた。

駅員の狐は言う。
「これを履いて、虹の見える方へ進みなされ」
かぐや姫は長靴に足を入れると、体が宙に浮かび上がり、虹の橋の上でゆっくり動き始めた。
虹は不思議な縁をつなぐ架け橋だ。
橋の向こうで、ムーンライトカフェのマスターが心配していた。
「やっと帰ってきたか」
「金平糖は?」
「忘れました」
「代わりにコーヒー豆とその苗を持って来ました。コーヒーはとても良い香りで、眠気覚ましになるんですよ!」
マスターはそれを受け取りながら、大きなため息をつく。
その瞬間。
透明な長靴で足を滑らせたかぐや姫は、
再びどこかへ落ちていった。
「あっ!」
という声を残して。
片桐 みかん様のこちらの企画に参加させていただきました。⬇️
