【百三十九日目】台所隅の女
明治42(1909)年10月に東京の柏舎書楼から出版された『怪談会』という本があります。
熊田茂八という人物が編集・発行を担当しており、当時著名の小説家や俳優が集まって、とっておきの実話怪談を披露しており、明治の怪談ファンにはたまらない一冊となっています。
長らく稀覯本扱いになっていましたが、2007年に文芸評論家の東雅夫さんによって『百物語怪談会』としてちくま文庫から復刻が出されたことで、現代の怪談ファンの手にも届くようになりました。(※2025年現在は国立国会図書館デジタルコレクションの個人送信サービスでも底本を見ることが出来ます)
せっかくのお盆なので、しばらくはこの『怪談会』の中から明治の「おばけずき」たちが語る珠玉の怪談たちをご紹介しましょう。
本日お話を聞かせてくれるのは、劇作家・小山内薫の妹で小説家の岡田八千代(1883~1962)です。
これは私の実家に昔から出入りしているある大工さんの話です。
仮に、Aさんとしましょう。
Aさんには一緒に暮らしているお兄さんがいて、兄弟揃って親孝行な人だったのですがある時、
「なんか最近、うちの台所が気持ち悪いんですよ・・」
って私に言うんです。
「何が気持ち悪いの?」と訊いても、
「分かんないですけど、何か、陰気な感じがして・・・」
とAさん自身も今ひとつはっきりしない様子で。
「気のせいじゃないの?」なんて言ってたんですが、ある夜のことです。
Aさんのお兄さんの奥さんが夜中に明かりもつけずに台所に行ったな、と思ったら、いきなり「わっ」と叫びながら飛び出してきたんだそうです。
Aさんもお兄さんも驚いて、「どうしたんだ」と尋ねると、
「台所の隅に女の人が立ってたんです!」と青ざめている。
何を言ってるんだ、見間違えだろう、なんてAさんもお兄さんもその場では笑い話で済ませたそうですが。
それから数日が経ったある夜のことです。この日は日頃親しくしている女性のお客が泊まりに来ていました。
夜中、水を飲みに明かりもつけずに真っ暗な台所に入った彼女が、怪訝な顔をして戻ってきた。
そして居間にいたAさんとお兄さんにこう尋ねたそうです。
「あの、台所にどなたか御出でですか?」
ふたりは顔を見合わせて、「いいえ、そんなことありません」と答えましたが、その女性は首をかしげて、
「でも、向こうの隅の方に女の人が立ってましたから・・」
と言うんですね。
これにはAさんも内心ちょっとゾッとして、
「だけど、あんなに暗くて人の姿なんて見えるはずないじゃありませんか」
と強い口調で否定すると女性客は黙ってしまったそうですが、そこにお兄さんの奥さんが来て、
「それ、どんな女でしたか?」
と訊ねました。
「・・・なんだか髪型は見えなかったけれども、痩せた美人で真っ青な帯を締めていました」
「・・・ああ、やっぱり。同じ女を私も見ました」
お兄さんは「滅多なことを言うもんじゃない」と奥さんの言葉を打ち消して、その夜は寝てしまったそうですが、翌朝になってその話を聴いたAさんのお母さんが、
「男に見えず、女にだけ見えるというのも何かの因縁だろう。私が頼むから、どうか、あの縁の下を掘ってみてくれ」
とお兄さんに頼んだので、言われた通りに床板を剥がして、人を集めて地面を掘り起こして見ると、すぐにカチンと鍬の刃先に何かが当たったんです。
骨か、死体か、いや、金だろうなんて欲張る人もいたそうですが、出てきたのはだいぶ古びた墓石でした。
表面はだいぶ欠けてしまっていて、誰の墓とも分からなかったけれど、ただ二文字、「信女」とあるのだけがかろうじて読むことが出来たそうです。
「縁の下の信女」岡田八千代 談(『怪談会』明治42年10月)をもとに編訳。
女性にだけ見える、というのが興味深いところです。
「信女」は一般的に女性に付けられる仏教の戒名ですが、地中に埋もれた自分の墓を掘り起こして欲しくて、同じ女性である奥さんや女性客に訴えかけていたのかもしれません。(2025年8月9日)
【今日紹介した話】
・譚空ID.4968「縁の下の信女」(「怪談会」1909年)。
お知らせコーナー
2023年にカストリ書房さん主宰で行われたシンポジウム「遊郭と怪異」の講演録が冊子になりました。

文芸評論家の東雅夫さん、イラストレーターの吉岡里奈さんとともに、実は密接な関わりを持つ「遊郭と怪異」について歴史、文学、文化など様々な視点から語っています。
2025年8月11日から、即売会「遊郭文学マーケット」でも販売されるそうなので、お立ち寄りの際にはぜひお買い求め下さい。

以上、告知でした。
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