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エナジー、クレイジー、日常茶飯事ー!!

「ハマった沼を語らせて」というお題で記事を募集していると知って
「そんなん私のためにあるようなお題じゃないかっ!」
と何かが沸点に達したので語ります。

あと、普段は見てきた建物のことを書いてますが
そういや建物を好きになったきっかけを書いたことないなぁと思い
ちょうどいい機会なのでついでに語ります👍

あまりの熱量に途中胸焼けがしてくるかもしれませんが
ご了承下さい😌

それでは私の沼へ参りましょう!
覚悟はいいですか?



出会いは小学5年生


その日は突然やってきたのです。

よくある夏休みの家族旅行。
行き先は長野県のキャンプ場でした。

途中、軽井沢でおすすめの観光地の一つだからと言う理由だけで立ち寄ったのが
明治時代に建てられた「旧三笠ホテル」でした。

旧三笠ホテル

まるでレースのように繊細な白い窓と
外壁のブラウンとのコントラストがとても美しい外観
上皇后様も泊まったという上品な客室
小学生ながら感じたなんだか懐かしいような心地良い不思議な感覚は今もバッチリ覚えています。

この時から私の世界は決まってしまいました。

歴史の授業が平安時代だろうが戦国時代だろうが私が教科書で見ているのは明治時代。
鹿鳴館の写真や洋服を着た人々の錦絵を見るとワクワクが止まりません😊

さらに卒業式の日
担任の先生が矢絣柄の袴を着てきたもんだから
「いいな〜それ!いいな〜、いいな〜」と
そればかり気になって
先生からの最後の言葉も全く頭に入って来ませんでした😅

運命のイタズラなのか
私の住む東海エリアの小、中、高校は
明治時代の建物を集めて展示してある野外博物館「明治村」
が遠足や校外学習の定番だったので
私がこの沼にハマる環境が必然的に整ってしまったのです!

そして社会人になり自由に使える車とお金ができたことで明治村には好きな時に好きなだけ行けるようになり
それだけじゃ物足りず
東海エリアを飛び出して色んなところに古い建物を見に行くことが趣味になりました!

しかし友人から
「なんでそんなに好きなの?」と聞かれると自分でも
「なんでこんなに好きなんやろ?」とうまく答えられない日々。

それでも明治村の学芸員さんや
見学に行った先々のガイドさんの話を聞いたり
自分でも色んなことを調べたりするうちに
建物が保存維持される価値の理由が自分の中に蓄積され
それをnoteでちまちまと書いているうちに私が古い建物を好きな理由がわかってきたような気がするのです。

それを一言で表すなら
「高エネルギー体」

私にはそう思えるのです。
建物によっていろいろなエネルギーが詰まっている。

そう、たとえば

職人のエネルギー


長野県にある旧林家住宅

旧林家住宅 洋館側の入り口

この建物が誇る「金唐革紙」

「金唐革紙」和紙を元にして皮革のように作った紙

元はヨーロッパで皮革で作られ貴族の館で壁紙として使われていたものを
日本で和紙を元に作るようになり、
海外へ輸出するなどとっても人気のある製品だったのですが
粗悪品が出回ったことにより人気が落ち
作られることも作り手も居なくなりその技術は途絶えてしまいました。

その後、再現され各地に残る文化財の邸宅に使われていますが
100%完全に再現することが難しく
細かな部分をどう作っていたのかは不明なのだそうです。

上が当時の物、下が復元。
鳥の細かな羽毛など再現出来ないそうです。

この旧林家住宅では当時の金唐革紙が多く残っていて
当時の技術の高さを見ることができます。

21世紀の今でも解明できない人間の手仕事が秘めるポテンシャルの高さ
そのものが大きなエネルギーだと思うのであります!

では次。

物語るエネルギー


「歴史がある」
その一言では表せない物語がそこにはある。

広く大きな豪邸
目につく物全てに施された繊細な彫刻
空間の品格を高める調度品
客人をもてなす場と生活の場の使い分け
使用人の痕跡
当時の流行のデザイン・・・

全て各地に残った邸宅たちが物語る
今は無き日本に存在した貴族「華族」の痕跡。

「邸宅は主人を語る」
住んでいた主人の仕事や生活によって邸宅もさまざまに個性が光ります。

「旧岩崎邸」 明治時代では洋館は取引相手をもてなし、和館で普段の生活をしていました。
「旧諸戸邸」大正時代。若き当主に似合うモダンなデザインが詰め込まれています。
「旧本多忠次邸」昭和初期。当主本人が設計に携わった邸宅。
旧岩崎邸と比べると近代的な邸宅です。

人の記憶に残るような歴史的な出来事ではないけれど
そこに暮らした人々の人生というエネルギーが詰まっているのです!

そして次!

国を想うエネルギー

明治に入り全てが変わった新時代。

首都東京に人を集め、資本を集め、思想を集め、知恵を集め・・・
そうして発展していかなければ日本は滅びる。

時に恩師のジョサイア・コンドルから仕事を横取りするなど
日本銀行本店や東京駅を設計し首都の基盤を作ったと言っても過言ではない
日本近代建築の父「辰野金吾」

今もなお愛される「東京駅」

それまで地方では子供は労働力だった。
しかしこれからは「学び」が重要だと村人が理解し
子供を学校に通わせるために
村民の寄付で建てられた「旧開智学校」

国宝指定された旧開智学校

西洋風でありながら日本文化の素晴らしさを詰め込んだ
唯一無二の「帝国ホテル旧ライト館」
設計した巨匠フランク•ロイド•ライトは「日本人がこのホテルを理解するには半世紀かかる」と西洋化を押し進める日本人を嘆きました。

玄関部分のみ残る帝国ホテル ライト館

激動の時代に人々が何を想ったのかが建物には詰まっている。
その強い想いこそがエネルギーなのであります!!


全ては西洋と日本の文化がぶつかり合った時に生まれたエネルギー。

時に勇気をもらったり
職人技に度肝を抜かれたり
未来に引き継がないといけない想いを知ったり・・・

知れば知るほどに熱くて綺麗で魅力的。
その魅力が私を捕まえて離さないのです!


ついて来れてます?


さて、そろそろ胸焼けがしてきましたか?
まだ腹八分目という方はよかったら
この記事に出てきた建物の詳しい話を書いていますので他の記事をご賞味ください。

まだまだ日本全国には私の知らないレトロな建物があって
それを見に行きたいと湧き上がるエナジーと、
旅先で食事の時間さえも惜しみ
ご飯は移動しながらカロリーメイトというクレイジーさ。
友人から何気なく「建物巡りどうだった?」と聞かれようものなら
「その話、最低でも5時間はするけどいい?」と返して
「あ・・・・大丈夫です。」と
サラッと断られるくらいは日常茶飯事。

そんな私の沼の話でした。

ここまで読んでいただきありがとうございました!!
また次の記事も読んでもらえると嬉しいです😆
それでは〜


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