娘の人生は娘のもの
娘を産んで11年。
子育て歴も11年。
いつの間にか私も40代なっている。
何年やっても、自分が何歳になっても、子育ては思っていた以上に“手探り”の連続で、未だに難しさを感じることが何度もある。
それでも、娘には自分の人生を選べる力を渡したい──そんな思いで子育てと向き合う毎日。
日々の中で気づいたことや、娘との距離を大切にしてきた理由を、今日は少しだけ書いてみようと思います。
娘には、自分の人生を生きてほしいと思った背景
娘がまだ生後4ヶ月の頃。
寝返りもうてない娘を保育園に預けて、私はフルタイムで働き始めました。
小さな子を預けて働くことへの罪悪感はあったけれど、二人だけの世界に閉じ込めてしまうことへの不安も同じくらい強かった気がします。
当時の私は見知らぬ土地に嫁いできて、弱音を吐ける相手も、気軽に会える友達もいない環境でした。
育児そのものは比較的スムーズだったからこそ、「この世界だけでいいのかな?」と感じる瞬間が多かったのだと思います。
娘の世界はもっと広いはず。
私ひとりの価値観だけで育つのは違う。
その気づきが、今のスタンスの最初の芽でした。
「外の世界」を大切にしてほしい理由
私自身が家族の外にも自然とつながれる居場所があって、そこに助けられて育ってきたからだと思います。
母方の親戚は仲が良く、従姉妹が面倒を見てくれたり、母が世話焼きな人だったのもあり地域の大人やお兄さん・お姉さんたちと温かくつながっていました。
親と喧嘩をした時は愚痴を聞いてもらい、思春期には親に相談しにくいことを聞いてもらい、見守ってくれる人達がいる。
家庭の外にも安心できる場所があったことは、私にとってとても大きかったです。
だから娘にも、家族だけで完結しない外の世界を持ってほしい。
親だけがすべてにならないほうが、子どもの世界は確実に広がるから。
「母である前に、一人の人間でいたい」という気持ち
娘を保育園に預けて働き始めたとき、罪悪感と同時にどこかほっとした気持ちもありました。
母である前に、私は一人の人間。
社会とつながっていたいし、自分の時間も大切にしたい。
その気持ちを“母親失格”と思わなくていいと感じています。
むしろ、大人が自分の人生を大切にする姿を見せることは、子どもにとっても良い影響になるはず。
親が自分を大切にしている姿は、子どもの“自立のモデル”にもなるのだと思っています。
家で意識している 自立につながる小さな習慣
この習慣が自立につながっているかは分かりませんが、私が続けてきたことは本当に小さなことばかりです。
服を買うときには
「どっちがいい?」と必ず選ばせる。
小さな 自分で決めた の積み重ねを大切にしたかった。
お金の話も隠さずにきました。
数字がわかるようになってきた頃から、
「この習い事にはこれくらいかかるよ」
「ママが1時間働くと○○円だよ」
と具体的に伝えています。
そしてずっと伝えているのが
「ママとあなたは別の生き物だよ」 という言葉。
距離を置くためではなく、
あなたの人生はあなたが選んでいい
という意味で伝えてきました。
「親は土台であって、主役ではない」というスタンス
子どもを育てていると、つい「親が導かなきゃ」「親が守らなきゃ」と思いすぎてしまうことがあります。
でも、親がすべてを先回りしてしまうと、子どもの“自分で考える力”を奪ってしまうこともある。
娘には私の人生をなぞるのではなく、娘自身の道を歩いてほしいと思っています。
だからこそ
支えるけれど、先回りしない。
見守るけれど、支配しない。
そんな距離感を意識しています。
親は主役ではなく “土台” でいい。
子どもが自分の力で立てるための後ろ盾でありたい。
私もまだ発展途上の母
子育ては、正解がわからないことばかりです。
今の選択が正しかったかどうかは、娘が大人になってからじゃないと分からない。
私の正解が、娘の正解とは限らない。
だから私は、完璧な母になろうとは思っていません。
迷いながら、その時できる最善を選んでいく。
発展途上の母でいることも、きっと悪くない。
娘と一緒に少しずつ成長していけたら、それでいい。
娘への願い
私が娘に願うことは、とてもシンプルです。
「幸せでいてほしい」
幸せの形に正解はない。
結婚する・しないも、子どもを持つ・持たないも、
どれを選んでもいい。
大事なのは、自分の人生を自分の意思で選べること。
自由と責任がセットであることを知りながら、
自分を大切にできる人であってほしい。
そしてもし躓いたら、
立ち止まりたくなったら、
その時はいつでも戻ってきてほしい。
私はずっと、
娘の人生の邪魔をしない距離で
味方でいるから。
初回のnoteを最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
夫と小5の娘と暮らす、フルタイムパートで働く40代ママです。
子育てや働き方の中で気づいたことを、無理なく、等身大で綴っていく場所が欲しくてnoteを始めてみました。
気軽に読んでもらえたら嬉しいです。
