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《創作大賞2024:恋愛小説部門》『友人フランチャイズ』第5話 友人フランチャイズ4028.5

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《第2章 第2節 友人フランチャイズ4028.5》

 次の週の火曜日。10時30分の少し前、恵子さんがアトリエのインターフォンを鳴らした。

「きたよー。水穂ちゃんは私に任せて、夫が待ってるから行っといで。あと、意外と外寒いから、1枚羽織って行った方がいいよ」

「ありがとうございます。そうします。水穂の事お願いします」と言うと、「任せろ」っと恵子さんはいつものように得意げに鼻を鳴らした。

 言われた通り、僕は黒のシャツの上から1枚、藍色の秋物のジャケットを羽織ると、10月の下旬にも関わらず、顔を掠める冷たさに耐えながら20分程歩く。

 イチョウの木の黄葉が咲き乱れる交差点の一角に見えてきた『藤宮消化器内科クリニック・藤宮心療内科クリニック』の看板。

 水穂と僕がお世話になっている恵子さん夫婦が営んでいる病院。

 恵子さんの夫である藤宮先生は、水穂に出会った事をきっかけに心療内科についても猛勉強し、開業できるまでになっていた。

 最新の睡眠学の論文を読み漁っては、海外にまでそれを書いたドクターの所を訪ねるくらいのフットワークの軽さを持った先生だ。

 藤宮先生の行動力に恵子さんは「いいのよ。昔は突発的になにかする所、嫌だったけど、今はそれのお陰で私の1人時間も出来るんだから。行けー行けーって感じ」っと皮肉を込めて言っている。

 そんな藤宮先生を訪ね、病院の玄関を開けると、目の前の受付の女性に挨拶をする。そして、白の壁に近所の小学生が描いた藤宮先生の似顔絵に囲まれている待合室で、名前が呼ばれるのを待った。

「小絲さーん」

 すぐに看護師に呼ばれ藤宮先生の待つ診察室に入った。

 薬品の匂いがする診察室。机の上には3台のモニターと、付箋を貼られた書類が分厚いブルーのファイルに閉じられ数冊重ねてあり、その前で温和な表情を浮かべた、藤宮先生が僕を出迎えてくれた。

 早々に挨拶を済ませると、藤宮先生はまず、僕の足先から頭の天辺まで僕を観察するように目線を通す。こうやって患者さんの体と気持ちを最初に診る事にしてるんだよ。って昔、教えてくれた。

「恵子から聞いたんだけど、右腰が痛いんだって?いつから?」
「痛みとして意識しはじめたのは、ここ最近なんですが、多分、2ヶ月前から違和感はあったのかな?っと思います」
「そうなんだ。因みに2ヶ月前に重い物を持ってグリっとやっちゃたりとか、生物とか変な物を食べて下っ腹が痛くなったとかある?」
「いえ。生物を食べて下っ腹が痛くなるとかは無かったと思います。あと、画材とか少し重い物は持ちますけど、グリって腰を痛めたりとかも無かったです。今でも右腰は痛いですけど、重い物を持つ時にあまり支障はないですし」
「んー。そしたら、そこにうつ伏せで寝れる」

 頷くと、後ろで記録を取っている看護師が「じゃージャケットを脱いで、こちらにお願いします」っと藤宮先生が座る机の横に置かれた、人が1人寝れるくらいのベットに案内された。

 僕はジャケットを脱ぎ、ベットの下の籠にいれ、サラサラしているシーツが敷かれたベットの上にうつ伏せになる。

 藤宮先生が横から僕のシャツを捲り「この辺かい?」っと聞きながら指で右腰の辺りを押している。

 数回その問いかけが続き、右の肋骨の下を押された時に、内臓を掴まれるような激痛に襲われて、身体を少し捻った。

「今の所が少し痛いみたいです」
「んー。痛かったかい?ごめんね。じゃ、次は仰向けになってくれるかい」

 藤宮先生の言われる通り、僕は仰向けになり、天井に目を向ける。そして、藤宮先生はお腹の右側を指で押すと、背中を押された時と同じ痛みが内臓を襲った。

「痛いですね……」

 その反応を見ていた藤宮先生は「んー。じゃー、服を着ても大丈夫だよ。あと、そのまま採血をするから、横になっていてね」

 そう言われシャツをジーンズの中にいれると、藤宮先生の後ろにいた看護師が、注射器を3本用意し、僕の腕から血液を採取した。

「藤宮先生。っで僕の腰の痛みの原因は何ですか?」

 押された時の内臓を握られる痛みに僕は不安になり、藤宮先生に聞いてみると「んー、今の所はっきりした事は言えないけど、内臓から来てる痛みかもしれないね。だから今回は血を貰って、臨床検査技師さんの検査結果次第で、今後どうしようかを決めたいと思っているよ。それと、小絲くんの尿酸値とかコレステロール値とか体の具合も一緒に見ておくからね」

 そう言われ、僕はベットから起きると「じゃ。今日はこれでおしまいね。来週も今と同じ時間に来れる?家内には今日と同じ時間に水穂ちゃんの所に行ってもらうよう、調整しておくから。あと、痛みが引くお薬出しとくから、痛みだしたら飲んでね。それと、痛みに我慢できなかったら、夜中でも構わないから、絶対僕に連絡して」

 いつも、風邪とかで訪れると「大丈夫。大丈夫」っと送り出す藤宮先生が、夜中でも構わないから連絡して。っと含みを持たせる言い方に……なんだか、胸にしこりが残った。

 そして病院をあとにし、薬局で病院から出された処方箋を出し、薬を受け取ると、病院に来る前とは違い少し暖かくなっていた。

 ふと、アパートに帰る途中、イチョウの黄葉に彩られる景色の下に目を落とす。木の下には夕方に花を開かせるために紅色のしおれたオシロイバナがエネルギーを貯めている。僕はこれまでの人生を生きてきて、何か心に引っかかる事があると、時々周りの環境にある色を探してしまうのが癖になっている。多分あの紅色は中紅だな。っとこういった感じで。

 沢山の色を探していると、いつの間にか、水穂と恵子さんが待つアパートの前にいた。そして家の匂いが染みつく玄関のチャイムを鳴らすと恵子さんが、出迎えてくれた。

「ただいま戻りました。水穂の処置は終わりました?」

 いつもこう聞くのは、僕が帰って来ていきなり部屋に入ると、処置をされている水穂の無抵抗な体を見てしまう。すると、僕の中に存在する獣が、理性が効かないという言い訳を語り、友達の一線を越えてしまいそうで、それは僕も水穂も望んでいない事だと思っているからだ。なので、僕は水穂の裸を見ないように、恵子さんに水穂の事を任せて外出し、帰って来た時はこうしてインターフォンを鳴らし、恵子さんに処置が完了しているのかを確認するようにしている。

「うん。今終わったところだよ」

 そう言われ、部屋の中に入ると、水穂の処置で使われた消毒の匂いが残っていて、さっき病院で感じた、胸のしこりが少し疼いた。

「右腰どうだった?」

 心配そうに恵子さんは僕に聞いてくる。

「腰の痛みは内臓に原因はあるかもしれないっという事で、血液を採られました」
「んー、じゃー多分、内臓の炎症反応を観察するために採血されたんじゃないかな」
「藤宮先生からは、炎症反応についての説明はなかったですね。でも、尿酸値とか内臓コレステロール値は見てくれるって言ってました」
「血液は色々と教えてくれるから、あの人、血液を利用して、小絲くんを丸裸にしたいのかもしれないわね」

 不安な表情をしていたのか、恵子さんは冗談交じりにそう言って、僕の肩を叩くと、僕が不在だった時の水穂の話をしてくれた。

「今日はね、少し寒かったから、いつもみたいにお布団から体をあまり出さなくてね、偉かったわー」

 僕は恵子さんが水穂にした処置の内容が書かれたカルテを眺めながら、今日の水穂の話に耳を傾けた。

「そしたらね、今日、小絲くんが病院って分かっていたのかな?拓星ついて行こうか?って無邪気に寝言を言っててね、長い間眠っているのに水穂ちゃんはしっかりと私達の話す内容を聞いているんだなって、繋がりを感じて、なんだか、泣けてきちゃったのよ」

 ずっと寝ている水穂だからなのだろうか。少しの仕草でも、いつも心を温かくしてくれる。この時も、今の僕より水穂の方が大変なはずなのに、水穂の口から僕の事を気にかけている事を聞いてしまうと、自然と心が穏やかになった。

「水穂って凄いですよね。一言で人をポジティブにしちゃうんだから」
「そうね。なかなか人の気持ちを変えるって難しい事なんだけれど、一言でそれが出来ちゃうんだら本当に凄い子だわ」

 しばらく、恵子さんと僕は水穂の寝顔と寝息に浸った。そして、いつもの様に恵子さんが「やばい。もう行かなきゃ」っと慌てて次の患者さんの所に行くために、出て行ってしまった。

 バタバタとしながら出て行く恵子さんを見送ると、僕は水穂の頭をいつものように撫で、枕元にスマホとメモ書きを残すと、隣の部屋のアトリエへと入った。

***

 午前中、相変わらず腰に違和感は感じつつも何事もなく、コーヒーを片手に12月にフランスのオルセーで開く展示会に向けて作品の選出作業を行っていた。

 今日もアトリエの窓を1枚挟んだ外の世界では、重機の音が鳴り響いている。その音を聞くたびに僕達が過ごしたあの日々に、上書きをされている様な虚しさをどこか感じてしまう。

 そこへ、一本の電話が鳴り、画面を確認する。

 すると、3日前に診察を受けた『藤宮消化器内科クリニック・藤宮心療内科クリニック』の文字。確か、予約は来週の火曜日だったはずっと電話に出てみる事にした。

「こんにちは。藤宮ですけど、小絲くん今、少し時間いいかい?」
「こんにちは。はい。大丈夫ですよ」

 今、病院はお昼休憩中なのか、いつも水穂の事で藤宮先生と電話で話す時は、受付の女性が患者を労って送り出す声や看護師の話す声に注射を怖がる子供の泣き声などがして賑やかなのに、今日は妙に静まり返っていた。

 「この前、小絲くんから採血した血液の検査結果が今朝出てね、気になる数値が出たから、CT検査をさせてもらいたいんだけど、今から3時間以内に食事は取ったりしたかな?」
「朝も抜いていて、これから食べようと思っていましたけど……」
「そしたら、そのまま食事を取らずにすぐに病院に来てくれるかい?恵子が10分以内にそっちに着くから、水穂ちゃんの事は心配しなくていいから」

 藤宮先生の語り口が妙に慌てていて、言葉の端々から感じる違和感に、僕の前に置いてある作品がモノクロに歪んだ。白黒写真みたいに。

「どこか、悪かったんですか?」
「んー。その辺も踏まえて病院で話すよ」

 その質問を濁した藤宮先生の答えに「分かりました」っと電話を切り、水穂のいる部屋の鍵を閉めポストに入れると、鍵はポストに入れています。っと恵子さんへメッセージを送った。

 それから病院に行くまで何を考えていたのかはあまり覚えていない。普通の人なら、こんな状況で病院へ行く時、どんな顔で行っているのだろう。意思はしっかり保てているのだろうか?

 病院につくと、すぐに藤宮先生が迎えてくれた。藤宮先生の表情は明るく取り繕っているつもりなのだろうが、洋紙のように青ざめた顔色をしていた。

「右腰は痛むかい?」
「はい。少しは痛みますが、薬が効いてるおかげで、だいぶ良くはなっています」

 僕はこれから藤宮先生に診断されるであろう、病状が少しでもよく見えるように元気な姿を見せ「なら、大丈夫そうだね」っと言われるのを心のどこかで微かに期待した。

「全体的に膵臓の数値が悪くてね」

 そんな期待を込めた強がりを跳ねのけるように藤宮先生は、血液検査で出た数字の羅列をモニターに映した。

 数字の内容は良く分からなかったが、僕の中にある膵臓が悪さをして、右の腰を痛めつけている事だけは理解できた。

「だから、これから電話で話した通り、CT検査をさせて貰らうから」

 追い付かない気持ちとは裏腹に藤宮先生は淡々と話を進めていく。僕の頭は真っ白。こうなってしまえば、昔の悪いところが出てしまい「分かりました」と相手のペースに乗っかってしまう。

 そして、看護師に案内されるまま、CT室と書かれた部屋に入り、指示通り金属製の首から下げたロケットペンダントを外し、トレイに乗せ、ドーナツ状の入り口にあるベットに仰向けになる。すると、この病院で時々見かける、黒のポロシャツを着た男性が入ってきて、その人が診療放射線技師である旨の簡単な自己紹介とCT検査を行う場合の注意事項を説明し、腕に造影剤と言うものを注射されると、注意事項に従って万歳の格好になる。すると、機械人間に改造される前みたいに僕の身体はCTスキャンの中に吸い込まれて行った。

 CTスキャンの中は閉塞的で撮影を始めると幾何学的に僕の周りを360度何かが廻りはじめた。それから発せられ音なのか、気持ち悪い低音が僕の頭の中をぐわんぐわんにし、頭をぼーっとさせた。

 ただ、思考の奥底ではずっと、膵臓の数値が高いだけで何もないさ。気にしすぎさ。藤宮先生は大袈裟に言ってるんだ。きっとそうさ。でも、もし悪かったらどうする?治らないって言われたら?死んじゃうって言われちゃったら?そんな考えが渦巻いていた。

 そして、ビビリの僕の思考はどんどんと暗闇に堕ちて行った。

 終わりましたよっと放射線技師の先生に言われ、看護師に案内されるまま待合室で、藤宮先生から呼ばれるのを思考が停止している僕はただ、ぼーっと待っていた。

 「小絲さん」っと呼ばれ、藤宮先生の待つ診察室に入ると、僕を足元から頭のてっぺんまで目線を流した。そして、僕の表情が曇っていたのか「大丈夫だよ」っといつものように言ってくれた。でも、先生はその後に続けた。

 「僕達がついてるから」っと。普通の人なら、その言葉で多少は救われるんだと思う。でも、僕の捻くれた思考は、藤宮先生が付いていないといけない状態なの?っとそう解釈してしまった。

「先生。僕はこれからどうなってしまうんですか?」

 真っ暗な意識の中で僕は振り絞って聞いてみた。すると、藤宮先生は真っ青になった顔で微笑みながら「大丈夫。大丈夫だから」っと僕に声を掛けた。

 藤宮先生の大丈夫はいつも僕に魔法をかけてくれた。お腹が痛くなって来た時も、大丈夫。大丈夫だからっと言われたその日のうちに痛みは治るから、何処かでこの人は本当に魔法を使ってるんじゃないか?って考えた事もあった。

 でも、何故か今日の藤宮先生の魔法は僕には効かなかったみたい。右の背中が少し疼き出したから。

 そして、その痛みを引き金に僕の頭の中のプログラムが危険です。っと信号を送り厳戒態勢に入った脳内が僕の思考を守りはじめた。脳内の主要機関を結ぶ何億本と敷き詰められた配管から、やばい思考が物質となって漏れてしまっているのか、考えちゃ駄目だってバルブを回し、溢れた物質を止めようと働きかける。すると、配管の中を物質が流れなくなり、供給が停止された主要機関は活動を止め、結果、僕はフリーズする。そしたら、後は簡単。勝手に僕の頭の中の帰還プログラムが自動で作動し、アパートに帰るだけ。

 僕の脳が正常モードに戻った時はアトリエにいて、周りは暗かった。机に突っ伏して眠っていたのか、首から下げたロケットペンダントを握りしめて、よだれと、あと、涙の跡が机を湿らせていた。肩からはタオルケットが掛かっていて、机の横には恵子さんが「晩御飯作って冷蔵庫に入れているから食べてね」っとメモ書が残っていた。

 僕の頭の中では、増した背中の痛みと藤宮先生から感じた自分の身体が非常にまずい状態であるっと言う現実を少し受け入れているようだった。

 そして、急に僕は隣の部屋で眠る水穂の顔が見たくなった。

 隣の部屋に行くと、今日もいつものように寝息を立ててスヤスヤと眠っている。

 ふと、冷静になった頭で考えた。もし、僕に何かあったら水穂はどうなるんだろう。って。


《つづく》


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