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ある日のこと|DESTINY

何気なくThreadsを開いて、指でタイムラインを流していた。
特に何かを探していたわけじゃない。
ただの、暇つぶし。
あるいは現代人が習慣にしてしまった、意味のない儀式みたいなもの。

そのとき、彼女の動画が流れてきた。

フェンダーヘッドのアコギ。あの輪郭だけで、すぐにわかった。
今は熱心に追いかけているわけじゃない。
かつてほど、ではない。
どちらかといえば、遠巻きに「ああ、まだやってるんだ」と確かめるような、
大人の距離感で見ている。生存確認、とでも言えばいいか。
熱狂のあとに残る、静かな関心。引き算された好意。


動画を三秒か四秒、眺めた。
そのとき、頭のどこかで音楽が鳴り始めた。

ユーミンの、『DESTINY』だ。

完璧なタイミングではなかった。
むしろ、そのいい加減さがリアルだった。
ぴったりはまった、というより、ぽっかり空いた隙間に
するりと入り込んできたような感じ。
過去の残像が、今日の日常にそっと重なる瞬間。
あのイントロの、あの弦の揺れ方が、そのまま胸の中を通り過ぎた。


人間というのは面白い生き物だと思う。

どれだけ言葉を磨いても、
どれだけ道徳や倫理を学んでも、
どれだけ「正しく」あろうとしても、
結局のところ、私たちは動物だ。

これは悲観ではない。
むしろ、ある種の安堵として、受け取ってほしい。

男である前に、オスなんだ、と思った。

脳のいちばん深いところ——進化の記憶が刻まれた、
言語が届かない領域——には、
どんな理屈も、完全には届かない。

見ないふりをした感覚は、消えない。
地下に潜るだけだ。


ただ、誤解してほしくないことがある。

理性を捨てて、野蛮に逆戻りしよう、と言いたいわけじゃない。
衝動のままに動けばいい、とも思っていない。

私が言いたいのは、もっと繊細なことだ。

理性という器は、大切にしたい。
洗練されていて、美しくて、社会の中で生きるために
人間が長い時間をかけて育ててきた、その精度を、
私は手放したくない。

でも、その器の中に流し込むべきエネルギーは、
頭で計算したものじゃなくて、
身体の奥から湧いてくる「感覚」だと思っている。

理性で感覚を封じ込めるのではなく、
感覚を理性という器で丁寧に受け取る。
そのふたつが、ちゃんと対話している状態。
それが、私のとっての「動的な平衡」なのかもしれない。


今日に限って、安いサンダルを履いていた。

それが何の関係があるんだ、と思うかもしれない。
でも、あの瞬間の可笑しみは、そこにある。

準備していなかった日。
理性の計算が、ほんの少しだけ緩んでいた日。
それでも心は、身体は、一瞬でちゃんと反応した。

記憶と本能が、今日の日常に、
しれっとコネクトしてきた。

愛おしいな、と思った。
自分のこういうところが、少しだけ好きになった。


頭でガチガチに考えた「正解」は、もういらない。
他人の評価に合わせて磨いた「正論」も、いらない。

これからは、自分のセンサーを信じる。
自分の身体が「今、心地いいか」を、
まず最初に確かめる。
それを羅針盤にして、動く。

理屈だらけの世界を生き抜くために必要なのは、
もっと多くの理屈じゃない。
自分の奥にある、静かな確信だ。

『DESTINY』のサビが、頭の中でゆっくりフェードアウトしていく。

タイムラインを閉じた。
今日の空気が、少しだけ違う質感で、
肌に触れた気がした。

たぶん、何も変わってはいない。
変わったのは、自分の受け取り方だけだ。


これは、ある日の話だ。
特別な日じゃない。
でも、何かがかすかに動いた日。
そういう日を、ちゃんと覚えておきたい。

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