「やってあげる」を捨てたら楽になった。
みなさんこんにちは!単身赴任ヘルパー・ジークです!いつも読んでいただき、ありがとうございます☺️
自薦の現場に入りたての頃、僕は「障害のある方の生活を支えるんだから、しっかりしなきゃ」と肩に力が入りすぎていました。頼まれる前に先回りして動くことが良いヘルパーの証だと思い込んでいたんです。
でも、実際に現場へ出ると、自分の勝手な判断での先回りが利用者さんの本来のペースを少しだけ乱してしまう場面に何度もぶつかりました。
そうした失敗を繰り返しながら、今は「相手のペースに寄り添うこと」の大切さを、ようやく少しずつ学んできているところです。
💡 「フラットな食卓」という独特の流儀
初めてその方のベッドに伺った時、普通ベッドをギャッジアップして座位に近い姿勢をとるのがセオリーのところ、その方はベッドを完全にフラットにしたまま、「この角度で食べたいから」と仰るんです。
最初は飲み込みのリスクや姿勢の崩れを考えて葛藤しましたが、そのまま一口差し出すと、驚くほど自然に飲み込まれました。長年その角度こそが一番呼吸をコントロールしやすく、胃への負担も少ないという結論に達したのだとか。
僕が学んできた「安全」や「正解」は、あくまで一般的な知識であって、その方の体にとってはただの先入観に過ぎなかったんだと、フラットなベッドの上で思い知らされました。
💡 移乗の際、僕が技術を優先したときのこと
移乗のとき、僕はベッドと車椅子の配置をあらかじめ決めていました。教科書通りに自分の腰への負担を減らせる位置で固定していたんです。
でも、そのたびに利用者さんから細かく配置の修正を指示されました。
僕は「この角度の方が効率的ですし、安全ですよ」と自分の考えを説明しましたが、指示は変わりません。
結局、僕が効率的だと思っていた配置では利用者さんが動きづらそうにしていて、利用者さんの指示する配置に変えた途端、力むことなくスムーズに移乗が完了しました。
僕は自分のやりやすさを「正解」だと勘違いして、相手に押し付けていただけだったんです。
💡 「やってあげたい」を捨て、互いの心地よい距離を見つける
自薦の現場は、利用者さんと長い時間を共有することになります。当初、僕は相手のために「やってあげたい」という気持ちが強く、つい必要以上に世話を焼こうとしていました。しかし、長時間一緒にいる中で、その過剰な配慮は相手のペースを乱し、僕自身も疲弊する原因になることに気づきました。今は、相手が本当に求めていること、さらに言えば「必要とされていないこと」にいち早く気づくよう努めています。相手の空間に必要以上に踏み込まず、互いに無理をせず、長時間一緒にいても苦痛にならないラインを見極めること。それが、この現場で生活を共にするための僕なりの工夫です。
💡 自薦の現場で最も大切だと感じていること
自薦の現場において、ヘルパーが「自分がいかにうまく介助するか」という技術論に固執するのは本質的ではありません。
求められているのは、教科書通りの手順をなぞることではなく、その人がその人らしく生活するために今この瞬間に何が必要か、あるいは何が不要かを、目の前の相手と共有し続ける姿勢です。
お互いがストレスなく、ありのままの自分でいられる空間を作ること。そこには、ヘルパーと利用者という役割の壁を超えた、人間としての対等な関係性が不可欠です。
日々失敗を重ねながらも、その関係性を一つずつ積み重ねていくことこそが、自薦の現場で働く醍醐味だと感じています。
もし、自薦の制度や『どうやってヘルパーを育てればいいの?』といった悩みがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。皆さんと一緒に、自薦の面白さを掘り下げていけるのを楽しみにしています!😊
最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊
