自薦ヘルパーになって「怖さ」を感じなくなった理由
みなさんこんにちは!単身赴任ヘルパー・ジークです!いつも読んでいただき、ありがとうございます☺️
施設で働いていた頃、現場には常に「怖さ」が漂っていました。
それは、利用者の転倒や骨折といった事故を絶対に起こしてはいけない、という独特のプレッシャーです。
周りのスタッフも、とにかく事故を起こさないこと、自分が「加害者」にならないことに必死。一人のスタッフが何人もの介助を回していく中で、一瞬の隙が事故に直結するリスク管理に、全員が神経を尖らせていました。
自薦ヘルパーとして当事者の方と一対一で向き合うようになってからも、もちろん「事故」への緊張感はあります。でも、施設にいた頃のあの刺すような空気感からは、少しずつ距離が置けるようになってきたんです。
💡 施設で感じていた「責任の所在」という重圧
施設で働いていた頃、一番しんどかったのは「事故=スタッフの責任」という空気感でした。
一人の職員が同時に何人もの介助をこなす中で、一瞬目を離した隙に転倒が起きれば、それはすべて「見守り不足」として僕たちに跳ね返ってきます。
周りのスタッフも、とにかく自分が責められないように、事故を起こさないことに必死でした。
もちろん安全は第一ですが、そこにあるのは「目の前の人の人生」を支える感覚よりも、組織として「ミスを隠さず、かつ出さない」という、どこか事務的なリスク管理の壁だったように思います。
「何かあったら僕一人の責任になる」
そんな孤独なプレッシャーが、介助のたびに喉元に刺さっているような感覚でした。
💡 「当事者の意思」が、責任の輪郭を変えてくれた
自薦ヘルパーとして働き始めて、真っ先に気づいたのは「責任」の在り方の違いです。
施設では「転ばせないこと」が絶対的な正解で、スタッフがその全責任を負わされていました。でも、自薦の現場では「どう動きたいか」を決めるのは当事者本人です。
「今日は調子がいいから、少し無理をしてでもこう動きたい」
そんな本人の意思に伴走する形に変わりました。
もちろん、事故のリスクがゼロになるわけじゃありません。でも、本人が選んだ動きに対して「じゃあ、僕はこう支えますね」とすり合わせながら動く。
責任を僕一人が背負い込むのではなく、当事者と一緒に分かち合っているような、そんな納得感が少しずつ生まれてきたんです。
💡 「管理」する側から、隣で「伴走」する側へ
施設にいた頃は、どこか「自分が利用者を管理しなければならない」という思い込みがありました。事故が起きれば、それは管理が行き届いていない証拠。そんな風に、自分を追い詰めていたんです。
でも自薦ヘルパーとして一対一で向き合う中で、その考え方が少しずつ変わってきました。
ヘルパーの仕事は、当事者が「どう生きたいか」を支えること。
「これをしたら危ないからダメ」と制限をかけるのではなく、「本人がやりたいことを、どうすれば安全に近づけられるか」を一緒に考える。
そうやって意思を尊重し合うプロセスがあるだけで、施設時代に感じていた「自分一人で背負い込む恐怖」の質が、少しずつ柔らかくなっていったんです。
💡 「納得感」が、一歩踏んでいるときの支えになる
施設で働いていた頃は、事故が起きるたびに「どうして防げなかったんだ」と自分を責めたり、周りからの視線を気にしたりしていました。でも今は、介助の一手一手に「本人の意思」という確かな根拠があります。
「今日はこう動きたい」という当事者の言葉を受け止めて、その上で僕がどう支えるか。
もちろん、今でも緊張感はあります。一対一だからこそ、自分のミスが直接響く怖さは消えません。
それでも、施設時代の「管理しなきゃいけない」という重圧とは違います。
お互いに納得した上で動いているという実感が、僕自身の迷いを消してくれている。
責任を一人で抱え込まず、当事者と一緒に歩んでいるという感覚が、何よりの安心感に繋がっています。
もし、自薦の制度や仕組みについて「ここが気になる」「実際どうなの?」といったことがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。僕の見てきたことや、これまでの体験ベースのお話にはなってしまいますが、少しでもお役に立てれば嬉しいです。皆さんと情報交換できるのを楽しみにしています!😊
