褒めについて〈YouTubeのコメント欄〉
YouTubeのコメント欄に、いいコメントを残すのが趣味なところがある。
「YouTubeのコメント欄構文」的なのがあって、なるべくそうならないように、具体的には「○○で草」「○○なのすき」とか使わないように、気の利いたことを気の利いた角度で気の利いた切り口で言う、という趣味。
でもある種それ合戦的なところもあって、みんな切り口探しに必死。そのしたり顔が透けて見えちゃうのもいやなんだよな。もちろん作為を持って書くけども、本心から感じたものにはしたい。
そしてコメントにグッドがつくと嬉しい。
連発こそしていないけど、数千のグッドを貰えているコメントもいくつか出せた。再生回数に比例するから単純な絶対数だけではないけど、なんか嬉しい。そしてこれはバズでもなんでもないから、余計な余波を気にすることもない(たまにヘンテコな返信がついたりはするけど)。
あとは投稿者のいいね。あれがつくと、余裕で数千グッドよりも嬉しい。特に全部のコメントにいいねするような人じゃない場合は、もっと嬉しい。選んでくれた!感。
大喜利と近いところはあるけど、大喜利ほど「面白い」に寄らなくてよくて、繰り返しになるけど、時に本心から出るもののほうが共感されたりする。
あと自分で言っちゃうけど、私感想言うのうまいなと思っていて、そのことをプチ証明してたいっていう欲求がある。肯定的に、その動画への賛辞と、素直な感情の吐露として、端的な一文を残す。
はてなブログとか近いのかなと思ったが、コメント欄はやはりあくまで、そして完全に「受け手」であることが大事というか。だからこそその動画の良いところを、できるなら少し奥まった場所にある良さをブーストしたい、っていうエゴはある。
でもそれは、ユーザー名こそ出てるけど、ある種匿名的なニュアンスで残るっていう。そのスタンスの美しさって、あるよな。ないかな。ないかも。あるかも。
あとはまあ、ある素晴らしいものがあって、それを不世出だと褒めそやして「未だにこれを超えるものは現れない」とか書いちゃうようなやつにはならないでいたい。ちょい古い音楽の動画などに居がち。
何々と比べて、って、尺度としてはたしかにわかりやすいかもしれないけど、そのものを上げるために片方を下げたり軽んじたり、それはあんまり健全じゃない。あと易い。もっと頭使え、って思う。
毒舌や辛口も面白いけど、私は「褒める」も十分エンタメだと思ってる。そこの美学は持っときたい。
