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5年間稼げないフリーランス→年収600万の業務委託へ。人生立て直し中の30代フリーランスのキャリア論

「フリーランスとして7年生きてきました」と書くと、たぶん多くの人が想像するのは、自分の力で案件を獲得して、自分の名前で仕事をして、自由に時間を使っている人間だと思います。

自分はそのほとんどに当てはまりません。

自分は今、都内の会社で業務委託として週5で勤務しています。

今やっている仕事は、業務委託の仲介会社に紹介してもらったもので、自分から営業して案件を取ったことは、フリーランスになってから殆どありません。

そして、独立した直後の数年間は、ずっと「フリーランス=一人で稼ぐ仕事」だと思い込んでいました。

で、その思い込みのまま走り続けた結果、独立前に貯めた貯金400万円は1年で溶け、借金は最終的に660万円まで膨らみました。

今はありがたいことに業務委託と自分がやっている業務を合わせて年収600万は超えたものの、残っている借金を返しつつ、収益源やキャリアを改めて構築している最中です。

これは、そんな元限界フリーランスのキャリアを、できるだけ正直に書き残した記録です。

そのため、最初にお断りしておきたいことがあります。

この記事には、成功談はほとんど入っていません。

世の中に出回っているフリーランスの情報の大半は「うまくいった人の話」です。月収100万円を達成しました、副業から独立に成功しました、夢の自由を手に入れました。

本屋にもSNSにも、そういう話があふれています。

自分が今回まとめたのは、その逆です。

「こういうやり方で借金が膨らんだ」
「こういう判断ミスで遺産が消えた」
「こういう思い込みを捨てたら、ようやく立て直せた」
という、失敗ベースのキャリアの話。

最近ではようやくわずかながら安定してきたので、その事も書いていますが、「うまくいく方法」を探している方には、多分あまり刺さりません。

ただ、もし今あなたが、

  • これからフリーランスになろうかと考えている

  • 今フリーランスとして動いているけど、このままでいいのか不安

  • 独立してみたものの、思っていたより全然稼げていない

これらのいずれかに当てはまるなら、見ておいて損はない話だと思っています。
導入部分だけでも見ていってもらえると幸いです。

第1章 独立だけが、フリーランスのキャリアじゃなかった

7年やってきて、ようやく辿り着いた結論はまずこれです。

「独立だけがフリーランスのキャリアではない」ということ。

フリーランスのキャリアって、「独立して、自分一人で案件を取って、自分の名前で稼ぐ」というイメージで語られることが多いと思うんです。
自分自身、独立した28歳のときは、それ以外の選択肢を真剣に考えていませんでした。

ところが、その「独立して1人で全部やる」を前提に走り続けた数年間が、自分にとってはほぼ全滅だったんですよね。

ECも、YouTubeも、Twitter発信も、自分主導の新規事業も、何ひとつまともに形になりませんでした。

「働いていない期間」と呼んでもいいくらい、収入も実績も積み上がらない数年間が続いて、貯金が消え、借金が増え、ある時期からは精神的にもしんどくなっていきました。

立て直すきっかけになったのは、「派遣社員」と「業務委託」という働き方に切り替えたことです。

派遣や業務委託って、フリーランスの世界では「妥協」とか「半分会社員」みたいな扱いをされることもあると思います。
自分も独立したときは、こういう働き方が選択肢として頭の中にすら入っていませんでした。

しかし、やってみてわかったのは、派遣や業務委託は、家族を養いながら自分の発信や副業も続けていく、というキャリアにとっては、すごく合理的な選択肢だったということです。

毎月決まった収入があるから家計が回る。一人で全部抱えなくていいからエネルギーが残る。残ったエネルギーで、こういう個人の発信もできる。電子書籍を書いたり、ゴーストライティングを引き受けたり、ということもできる。

「フリーランス=完全独立」という一択じゃなくて、

  • 派遣社員として働きながら、個人発信や副業を続ける

  • 業務委託で安定収入を確保しながら、自分のコンテンツも作る

  • 仲介会社に間に入ってもらって、自分は仕事に集中する

という、グラデーションの中に、自分に合った居場所を探していいんだよ。
ということ。

これが、この記事でいちばん伝えたいことです。

ただし、自分がここに辿り着くまでに払ったコストは、けっこう大きかったんですよね。

数年という時間。借金660万円。義母の遺産1,400万円。そして、家族にかけた精神的な負担。

これから書くのは、その「払ったコストの中身」と、「どこで判断を間違えていたか」の話です。

恥ずかしい話ではあるんですが、過去の自分のように視野が狭くて「組織には合わない」と思い込んでしまった人が、少しでも楽に生きられるきっかけになればいいなと思ってます。

第2章 「独立して稼ぐ」を前提にしていた数年間の全記録

まずは28歳でベンチャー役員を辞めて独立してから、数年間でやったことを並べてみます。
(元々自分はベンチャーの役員として5年ほど過ごした後、会社の方向性に疑問を感じて独立しました。)

一般的な会社員を経験したことがなかったので、就職という考えが頭に浮かばず、ひたすらに個人で生きるために足掻いていました。

やってきたことはざっくりと下記になります。

  • 友人のメディア事業の手伝い

  • YouTubeチャンネル開設(角度を変えて2回チャレンジ、2回撤退)

  • Twitter運用(匿名アカウントで9,000フォロワー、Kindle本でベストセラー1位)

  • 楽天市場でのEC事業

  • フリーランスコミュニティへの参加と運営

  • 友人社長から引き継いだファッションメディアの運営責任者

  • 投資ツール販売事業への参画

  • 動画制作プロデューサー業

  • 正社員として就職(2週間で退職)

  • 電子書籍の編集者・出版プロデューサー業

数だけ見ると「いろいろやってる人」に見えるかもしれません。
実際、多少は収益が発生したものもありました。

ただ、これらのほとんどは、家計を支えるレベルの収益にはなりませんでした。

何かを始めるたびに「今度こそ来るぞ」と期待して、3〜6ヶ月で壁にぶつかって、また次の何かに移っていく。その繰り返しで、貯金は溶け、借金が増えていきました。

家族と過ごす時間自体は、確かにありました。子供のお迎えにも行けたし、平日の昼に妻と買い物にも行けた。それは独立してよかったことの一つです。

ただ、お金と時間の使い方が下手すぎた。

時間はあるのに、その時間を「これだけは伸ばす」という一点に集中させられない。あれもこれもと手を出して、どれも中途半端で終わる。

特にしんどかったのが、「働いていない期間」が累積していく感覚です。

会社員なら、たとえ成果が出ない月でも、毎月の給与振込で「最低限は前に進んでいる」という実感が残るのかもしれません。

しかし、独立してからの数年間は、収入も実績も積み上がらない月が続出しました。
3ヶ月後に振り返って「この3ヶ月、何が残ったんだろう」と問うたとき、答えが出ない月。半年間経って「結局借金だけ増えてるなぁ」と思う時期。

この「働いていない期間が累積していく感覚」は、独立を考えている人にいちばん知っておいてほしい部分かもしれません。

確かに時間の自由はあります。ただ、その自由が「何にも積み上がらない時間」に変わったとき、それは自由じゃなくて、ただの停滞と感じられるのです。

スキルが足りなかったわけじゃない、と今は思います。Webマーケも、ライティングも、メディア運営も、ベンチャー時代に5年やってきた経験はありました。

足りなかったのは、視野の広さ。

特に「組織で働く」という選択肢を、最初から自分で消していたことでした。

具体的には次の章で、その認識のズレについて書いていきます。

第3章 「組織には合わない」と決めつけてしまった、2週間での正社員退職

7年、独立を続けてきた中で、振り返ってみると結構大きな分岐点だっなたと思うのが、2021年5月の出来事です。

このとき自分は、フリーランスをやりながら全然稼げていなくて、「もう一人でやるのは厳しいかもしれない」と感じていました。それで一度、正社員として就職してみたんです。

「自分ももう30歳。1回正規ルートでやり直してみよう」

そう思って都内の社員10名もいない会社にマーケターとして就職しました。

そして、その会社を、2週間で辞めました。

具体的に何があったかというと、職場に2人、どうしても自分には合わない人御局的な人がいました。

正直初対面から嫌いでしたし、会社案内をしてきた経理の女性もなんかわからないですがめちゃくちゃ冷たくて

「え、なんだこのコミュニケーションのカスな会社」

と思ったのを覚えています。

1週間後には「もう辞めたい」と思ってましたね。

で、働いてから2週間くらい経って「その御局の人からネットに関して色々学んで報告を上げてください。それがタスクです」と上司から言われたチャットを見た日。

あ、無理だ。

と思ったので、その日の夕方に上司に辞めることを伝えて辞めました。

これだけ聞くと、まあ、よくある話です。職場の人間関係で合わない人がいて短期で辞めることなんて、別に珍しくない。

ただ、割と自分の中で自分への信頼は揺らいでしまってまして。

たった2週間、それも特定の組織と合わなかっただけの経験を、自分は「ああ、自分は会社という組織には向いていないんだ」という結論にしてしまったんですよね。

今だったら業務委託や派遣という働き方で「組織の距離感」を変えることで解決できる問題だった。

ともわかります。

別の会社なら、別の人間関係なら、合う環境はあったかもしれない。組織のサイズや業務内容によっても、しっくりくる場所はあったはずです。

ただ、その時の自分は就職したのがその会社しか無く、「どの会社にも嫌な人は居るだろうし、子供も居るのにそれが我慢できない自分は、組織に向いてないんだ」と結論付けてしまったんです。

「組織は無理。じゃあ、フリーランスとして独立して稼ぐしかない」
(だけどもそもそも稼げなかったから正社員になろうとしたのにどうしよう・・・)

この一本道に、しかも自信がないまま選択肢を絞ってしまいました。

これがあとから振り返って、自分にとって最大の認識のズレだったと思います。

「組織にもう一度合うかどうか試してみる」という選択肢を、自分から放棄してしまった。視野が狭くなって、フリーランス独立という一本の道に自分を追い込んでしまったこと。

そして、その視野の狭さを抱えたまま、自分はいちばんやりたくなかった「投資ツール販売事業」に手を出すことになります。

そこから、本当の地獄が始まりました。

ちなみに、ここから先はよりリアルな話です。

借金が660万円まで膨らんでいく過程、義母の遺産1,400万円が消えた2年間、派遣と業務委託というキャリア選択肢に切り替えてからの立て直し、これまでの棚卸し、そして30代フリーランスのキャリア設計について、いま考えていることを書きました。

「派遣」「業務委託」という働き方が、フリーランスのキャリアの中でどう機能するのか。「独立」を一旦外して考えると、何が見えてくるのか。

その全貌を、細かいところまで書いていきます。


第4章 借金660万、義母の遺産1,400万円も消えた数ヶ月の話

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