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#体は心の容器です エピローグ【note創作大賞】

 自宅の前には、中年の男性と二十歳前後の若い女性が立っていた。男性はサボテンの鉢を持ちながら、女性のような口調で女性に話しかけた。
「だから、人間とサボテンの心を交換できるかやってみたわけ。お父さんの体、凄い」
「じゃあ、もしかしてこの中はあいつ?」
「だって、なんかあのまま病気で死んだらかわいそうじゃない?」
「別に、かわいそうではないけどな」
「私は、もうわからなくなっちゃった」
 男性は用意していた除草剤とペットボトルの水をサボテンの鉢の隣に置いた。そして女性に全てを託す表情を向けた。
「どっちがいいかな。決めてくれる?」

 女性はサボテンの鉢を日差しが直接あたる玄関の脇にそっと置き、除草剤とペットボトルの水を見比べた。何かを決意したかのように除草剤を手にした。女性は了承を得るかのように男性の目を見た。男性はゆっくりと頷いた。
 女性は蓋を力強く開けてサボテンにかけた。容器に入っていた液体がサボテンの頂点に降り注がれた。サボテンの棘が微かに動いたように見えた。そして除草剤を全て鉢に注ぎ終えると、女性はサボテンに向かって手を合わせた。

 その様子を見届けた男性は使い古したリュックサックを背負った。
「じゃあ、いってくるね」
「本当に一人で大丈夫か?」
 男性はリュックサックから古くなった日記を取り出した。
「この中にね、私が大人になったら一緒に行きたい場所ベスト10が書いてあったの。お父さんが書いたんだと思う。二人だけで一緒に行きたくて」
「わかった。大事な親子の二人旅行だな」
 男性は嬉しそうに強く頷いた。そしてなにかに気づいたかのように女性に詰め寄った。
「私の体をジロジロ見たり、変な動画撮ったりしないでね」
「だから、俺はそういうの興味がないって言ってるだろ」
「信じられませーん」

 男性はポケットから手紙を取り出した。
「これ、あげる」
 女性が封を開けようとした。しかし男性はそれを止めた。
「恥ずかしいからここで読まないでよ」
「わかった。というか、そろそろしゃべり方を男っぽくしろよ。みんなはおっさんに見えてるんだから」
「だったらそっちも女の子っぽくしゃべってね」
「はーい、わかりましたですわ」
「なんかムカつく」
 二人はお互いの顔を見て、笑い合った。
「お土産待っててね」
「俺も、お土産用意しておくから」
「どこにもいかないのに、お土産って何?」
「秘密。特訓中だから」
「はーい。わかりましたですわ」

 男性はちょうど通りがかったタクシーを呼び止めて乗り込んだ。そして窓を少し開けて、車外に立っている女性へ手を振った。

「じゃあね、モーリー」

 女性はタクシーが見えなくなるまでずっと見届けていた。

 女性が自宅に入り、冷蔵庫を開けると、チャイのようなキャラメル色のプリンが並んでいた。その中から一つを取り出し、スプーンですくって口に入れた。眉毛をへの字にして表情を歪めた。紅茶の茶葉の苦味が強すぎて、味のバランスが悪かった。女性はスマートフォンで汐里の母親からもらったレシピを再度確認し、首をかしげた。そして一ヶ月後には、汐里に美味しいプリンを食べさせると心に誓った。
 窓の外を見ると、雲ひとつない晴れた青空が広がっていた。汐里と初めて手を繋いで走った日も、こんな青空だった。汐里の旅立ちに相応しい、最高の日だ。

 汐里に渡された手紙を開けた。その中には手書きでメッセージが書かれていた。

 ――今までありがとう。お父さんの部屋にあるパソコン見て。

 指示された通りに汐里の父親の部屋へと向かった。ドアを開けると、部屋の中央で不気味な光を放つパソコンの画面があり、そこには汐里の父親とあるアカウントとのメッセージのやり取りが映し出されていた。

 【汐里ちゃん、許してくれるなんて思っていない。でもあの時の屋上での私達は、本物の友情で結ばれていたと思ってる。だから直接謝りたい】
 
【返事くれてありがとう。信じてくれてありがとう。死ぬ間際くらいはまっすぐに生きようかと思って】

【一度病室にこない? 雲ンポリンの話、また一緒にしたいな】

【そもそも、この事件のはじまりはあなたなんだから、会いに来る義務はあるんじゃない?】

 そして、最後のメッセージ。

【ばーか。親子そろって、だまされやすいの何? DNA? あ、ごめんごめん、サボテンになったらDM見れないか】

 サボテンになったら……

 森は子供を目の前で殺された母親のような声をあげながら玄関へ走った。

 玄関横に置かれたサボテンの鉢。その中からサボテンを取り出そうと試みた。多くの鋭い棘が彼の右手に刺さったが、森は気にせずにサボテンを抜き取った。その後、風呂場へと急ぎ、根に付いた土をシャワーで洗った。土と血の混じった水がお風呂の排水口に流れていった。
「大丈夫か、汐里!」
 当然のようにサボテンは返事をしなかった。
 サボテンの表面を無理やり掴んだ。そしてその中に心がいないかを見様見真似で探った。しかし何も分からなかった。
 きれいに洗ったサボテンを一時的に洗面器に溜めた水へ浸した。棘によってできた手の傷から、まるで恐怖が滲み出るように少しずつ血が流れていた。
 
 その後、森は放心状態で玄関の片付けを始めた。
 玄関には乱暴に放置された植木鉢、手前に小さく置かれたペットボトル、そして空の除草剤の容器が転がっていた。森は植木鉢を手に取ると、裏側にマジックで書かれた何かを発見した。

 ――ばーか。お前もだまされやすいの何? 汐里は最後に助けてくれたからな、しっかり育てろよ。汐里は空が大好きだから、ちゃんと毎日見せてやれよ。

 森は地面に腰を下ろした。左手の小指が除草剤の容器に触れると、彼はそれをしっかりと掴み、注意深く観察した。そして、怒りを吐き出すかのように、タクシーが去った方向へ力いっぱい容器を投げた。容器の底には雑に「水」と書かれていた。

 森は言葉にならない叫びを上げながら、力を失って地面に倒れ込んだ。森の視界には空が広がっていた。

 夕那の心のように青く澄み渡った空には、真っ白な飛行機雲が二本伸びていた。

#創作大賞2024
#ミステリー小説部門

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