世界ってこんなにも優しいんだ #9

「またニートになった!!!」
会って早々、きょうだいに報告した。

上は言う。
「前も言ったけどさ、お前多分地元合わないんだって。マジで田舎って最悪じゃん。楽だよ、東京。もったいないって。こっち来て好きなことしなよ。いくらでも相談のるから」

下は言う。
「なんでお姉ちゃんばっかりそんな目にあうのかわからない。悲しい。なにも悪くないのにね。なんでやさしいお姉ちゃんがそんな思いばかりしてるのか…悔しいよ。何もできなくてごめんね」

やさしい。
めちゃくちゃやさしい。
きょうだいだから、そりゃあ苦しめられまくったこともあるし、今でも許せないことは山ほどあるけど。
こういうときにぜったいに味方になってくれて、寄り添ってくれるのは、人柄の良さを感じる。

それぞれにありがとね〜と軽く返す。
そして、学芸員の一次試験は合格したことも伝えたものの、正直、地元に残っていいのかわからないし、田舎特有の価値観にしばられて苦しいばかりだということを吐露した。

そう。このころは本当に迷いに迷っていた。
このまま地元に残り、県内の隅っこに引越し、学芸員としてひっそり暮らしていくのか。
それとも、別の道を歩むべきなのか。

だけど、せっかく舞い込んだチャンスを棒に振りたくはないから、チャレンジしてみようと思っていること。
もしダメだったら、IT関係の仕事に就きたいと思っていること。
本当の本当は、好きなデザインやイラスト、文章をお金に変えたいと思っていること。

全部話した。
いちばん近くにいる親より、話した。
なんというか、きっと背中を押してほしかったんだと思う。
「田舎」「地元」にしばられていない彼らが、羨ましかったんだと思う。
逃げ出したかった、限界だったんだと思う。

だから、「田舎」そして「地元」で一緒に暮らす両親には語れない部分もあった。

とはいえ、母は昔から言ってはいたんだ。
「あなたはここが合わないのかもしれない」と。

そう。わたしはなぜか、地元にいると苦しいことばかりがつづく。
仲良くなった友だちは全員引っ越す。
そうでなくとも、助けてくれるような人はひとりも残らなかった。
みんな市外や県外に行ってしまう。

隣県の通信制高校に通ってたときも思っていた。
めっちゃ楽しい、と。
地元に比べたら圧倒的に都会で、変な人がたくさんいて、まぎれられる。
それに、みんなわたしに興味を示さない。
わたしの過去を知らない。
知ってほしいとき、知って欲しい人にだけ、こちらから伝えればいい。
田舎の民みたいに、深追いしてこない。
いい意味で冷たい。
それが心地よかった。


ただ、学芸員は本当に受かる可能性が高いだろうから、それは蹴りたくないしな〜。
もったいないよな〜。
数年〜10数年はたらいて、そのあと東京に引っ越そうかな〜。
そんなふうにうっすら思っていた。


だから、今現在「ニートになった」という事実は、そこまでダメージを受けなかった。
まだ道はあると、信じていたから。


「自分から暗い話してなんだけど、とにかくいまは推しを拝んでグッズ買いまくって楽しみたいから、よろしく!」
同伴者の妹とふたり行動で、新宿や渋谷を歩き回る。

これは本当に悔しいし、いまも変わっていないけど、わたしはめちゃくちゃに舐められやすい見た目をしているので、東京で一人行動なんかしてるとあっというまに餌食になる。
不審者、ナンパ、ぶつかりおじおば、逆ギレ共。
不幸のオンパレード。
その点、妹と一緒に行動すると信じられないくらい何も起こらない。
平穏そのもの。
中身は似たような感じで弱っちいのに。
人って見た目だよなほんと。
髪染めたり全身真っ黒の服着たりして武装すればいいのかな、とか真剣に考えながら、快適にイベントを満喫できた。


そんなこんなで、あっというまに旅行から戻ってきて、まもなく学芸員の2次試験を迎えた。

前乗りしないといけないレベルに遠いので、母とバスでその市に向かう。
運良く新しくできたそこそこ良いホテルを安くおさえられたので、内心そっちのことで頭がいっぱいだった。
それくらい、浮かれていた。

実際、宿泊したホテルは本当に居心地がよく、すべてが丁寧で美しかった。
図書館が併設されており、本がそこかしこに置いてあるのもよかった。

とはいえ、そのへんの本を読んでいる暇はもうない。
とにかくわたしは、明日の面接に備えねば。
ここまで来たらぜったいに受かってやる。

と言いつつ、やっぱり好奇心には勝てなかった。
図書館、普通にのぞいた。
すると地元のおじいさんが声をかけてきてくれた。
「お嬢さん方、どこから来たの?」と。

「そんな遠いところからわざわざ来てくれたのか〜。うれしいねえ。ここ、本当にいいとこなんだよ。私は歴史が好きでね、ここの歴史がわかる資料がきれいに展示されてるんだよ。ああ、そういえばあそこいった?文化財になってるあそこ」

マシンガントーク。
若干圧倒されつつも、笑顔で受け答えした。
「はい、行きました。すごく素敵なところですよね。じつはわたしもずっと歴史の研究してまして、とても興味深かったです。それに、明日新しくできる博物館の学芸員試験があって、それでここに来たんです」

すると、心の底からうれしそうに笑ってくれた。
「こんな若くて立派な方が、おれらの市の学芸員になってくれたら、うれしいねえ。そうか、明日試験なのか。がんばってな!おじさん応援してっから!」
「ありがとうございます」

名も知らない誰かに救われることって、たぶんみんなあると思う。
わたしはこの日、このおじいさんに救われた。
人生がかかった大事な日を迎えるにあたり、浮かれていたとはいえ緊張していたから。
というか、たぶん緊張しすぎて、ホテルのキレイさに浮かれるしかなかったのかな。

すっかり心がほぐれたわたしは、ホテルの部屋に戻るなり面接に備えて万全の対策をするべく、お手製の面接対策ノート、それを読み上げた音声データ、そして数々の活動・研究写真を手に夜中までひたすらコンディションを整えていた。
ふつう、ここまで集中すると眠れなくなるのだが、長時間のバス移動のおかげで疲れ切ってきたこともあり、1時過ぎにはすんなり眠ることができた。



そして迎えた面接日当日。
昨夜、仕事終わりにわたしたち母娘を追いかけるかたちでこの地に訪れた父が、車にてホテルに迎えに来た。
こういうところも、恵まれてるなとつくづく思う。
外での人間関係は異常なほどうまくいかないけど、親子関係はそこまで悪くないし。
死ぬほど憎み、恨んだこともあるけど。
それくらい、大きな喧嘩をしてきたけど。

だけど、愛されているのはわかるから。
とても不器用な人だから、わたしに対する思いが強すぎるあまり、わたしに対してとても強い言葉を放ってくることが多々あった。
それがあまりにもしんどくて、耐えきれなくて、何度も爆発して、死んでも許さないと何度も思った。
だけど、結局恨みきれない。
祖父と一緒。
いっときは死ぬほど嫌いだったけど、ぶつかり合って、お互い理解が深まって、相手を思いやる余裕も生まれ、自分の考えを押し付けることも少なくなり、結局仲も深まった。

父に対するわたしの恨み節をたくさん聞かされた母はどう思っているのかわからない。
それでも、母は常にわたしの味方であろうとしてくれていた。
わたしが怯えきり、泣くことしかできず、言い返せなくなっても、全力で守ってくれた。
一生敵わない。

そんな一言じゃ語り尽くせない父に見送られ、当のわたしはたった一言。
「じゃあ、行ってきます」
笑顔で手を振り、車をおりた。


どうやら一番乗りだったみたいだ。
誰もいない。
しかも、待合室的な場所もまだ開いてなかった。
めっちゃ気まずいな。
でも、職員さんは優しかった。
挨拶はかかさないし、人によっては普通に話しかけてくれる。
わたしを推薦した先生の知り合いもたくさんいて、何度も励ましの言葉をいただいた。
もちろん、贔屓するようなことは言っていない。
そこは公平に扱ってくれるところも、また「いいな」と思った。

ここで働けたら、幸せなんじゃないか。
そんな思いが、ふくらみはじめていた。

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