世界ってこんなにも優しいんだ #10

待合室へと案内される。
エレベーター内でも、職員さんが気さくに話しかけてくれる。
本当に素敵なところだなと思いながら、部屋へと向かう。

そこには別の職員さんが二人いて、注意事項が書いてある紙を渡され、そのまま空いている席に腰をおろした。
まだ、わたし以外誰もいない。
なんとなく、お手洗いに行こうと思うと、ちょうどほかの受験者と鉢合わせた。

なんとも言えない空気が走る。
そりゃ当然だ。
この場では敵なんだから。
でも、お互い大人なので、何も言わず会釈をしてその場をやり過ごした。

部屋に戻ると、受験者全員がすでに揃っていた。
試験開始まであと30分以上あるのに、集合するのが早い。
いちばん早く来た自分を差し置いて、みんな真面目だな〜と思いながら面接用に準備した資料に目を通す。

さすがに緊張する。
わりと本番に強いタイプだと思ってはいるけれど、手の震えが止まらない。
というより、全身震えている、と言った方が正しいかもしれない。
これが武者震いってやつなのか?
いずれにしても、まったく落ち着かず、まっすぐ座れているかさえ怪しいくらいに、全ての動きがぎこちない。

こういうときの時間の流れはあっという間で、一番目の受験者が部屋を出ていった。
面接は、2回。
まずは文化財関係の人たち。
次に、市役所のトップ陣と人事の人たち。
どちらも10分程度で終わる。
本当に、短い勝負だ。

わたしの順番は、3番目。
面接会場へ先立つ受験者を見送りながら、ふっと息を吐く。
これ、なにを審査されるんだろう。
そんな思いが頭をよぎった。
たった10分で、何がわかるというのだろう。
エントリーシートを見ながら、それに対して受け答えして、時おり意地の悪い質問をされる。
面接なんてどこもそんなものだけど、初対面の人間と、そんな短い時間だけ話して、その人の本質や仕事に向いているかなんて、確認できるのだろうか。

いまはそんなことを考えていても仕方ないとはわかっていたけれど、世の中の就職における仕組みに対しての疑念が晴れない。
我ながら、とてもひねくれていると思う。
しっかり受け答えができるよう、自分が用意した資料やエントリーシートのコピーを眺めながら、そんなことをずっと考えていたら、いつのまにか自分の番がやってきた。


ドアをノックして、返事を待ち、ドアを開け、礼をして、相手からどうぞと言われたら椅子に座る。
たったこれだけの動作が、わたしには辛かった。
これ、なんの意味があるんだろうと思っていた。
通過儀礼的な、就活をする人間は全員通ってきた道で、そこに深い理由なんかないのかもしれない。
いわゆる、最低限のマナーを守れるか、軽く確認しているだけ。
だと思いたい。
そうじゃなくて、その手順を少しでも間違えたり、とちったりしてしまった途端に、評価が下がるのだとしたら。
なんて嫌な行為なんだろうと思う。


そんなことを考えているなんて一切伝わらないよう、笑顔で一言。
「よろしくお願いいたします」
はじまった。

文化財関係の人たちは、かなり穏やかで、意地の悪い質問は一切してこなかった。
「時間がないので簡潔に受け答えしてください。あとは、リラックスしてお話しましょう」
そのように促されると、本当にエントリーシートに沿ってどんどん話が進んでいった。
突飛なことや、エントリーシートに書いていないようなことなどを聞かれ、こたえにつまずくなんてこともない。
お互い真面目に、そして時おり笑顔を見せ合いながら、!受け答えを数回くりかえす。
そうして、あっという間に一次面接は終了してしまった。

なんの手応えもない。
受かる気もしなければ、落ちる気もしない。
何の感情も、浮かんでこなかった。
そのまま次の面接会場、といっても、ただの隣の部屋に向かい、また同じように一連の通過儀礼を行う。

本当に同じ市役所なのか、というくらい、固く重苦しい空気がその場を支配しているのを感じる。
ものすごく、嫌な気持ちになる。
ジロジロと頭の先から靴の先まで見られている。
ぶっきらぼうに「座ってください」と言われ、素直に従う。

とても、嫌な予感がした。
案の定、ニヤついた顔でこう聞かれる。
「あの、なんで就職してないでいまだにバイトしてるんですか?ひとつも合格しなかったんですか?」

1番目がそれか、と思った。
すっと気持ちが冷めていくのを感じる。
なんて嫌な聞き方なんだろう。
エントリーシートに、理由は書いているのに。

「ありがたいことに、大学3年時には内定をいただいていました。ですが、わたしはどうしても学芸員の夢を諦めきれず、いま、こうしてこの試験に臨んでいます。学芸員への道は狭いので、目の前にチャンスが来たら掴み取らなければならない。そのために、日々勉強や歴史研究を重ね、努力してまいりました。だから、わたしは内定を蹴ってでも、自分の夢を叶えることを優先するために、パートとして時短勤務で働いております」

怒るな。
泣くな。
冷静になれ。
これは圧迫面接だ。
わかっている。
これは罠だ。
動揺させようと、あえて強い言葉で攻撃してきているだけだ。
だから、ちゃんと答えたから、大丈夫。
そう、言い聞かせる。
ちなみにこの理由はめちゃくちゃ嘘だけど。
もっともらしい理由をでっちあげているだけ。
どうせ、身体が弱いことを知られたら余計に足元を見られるに決まっているから、事前にストーリーを練っていた。

「そうですか。それはずいぶん立派なことで」
半笑いで、嫌味ったらしい言葉を返される。

なんだろう、この感じは。
本当に、ただの圧迫面接というだけなのか?
それにしては、あまりにもこちらのことをバカにしすぎではないか?

プレッシャーやストレスに耐えうる人間かどうかをはかるために、行政職は圧迫面接気味になることが多いという噂は耳にしていた。
だから、その覚悟はあった。
それにしたって、あまりにもやり方が下品だ。

泣き出しそうになる気持ちをグッと抑え、返事をする。
「はい。恐れ入ります」



「別に褒めてはないんですけど」



ぐにゃりと、視界がゆがんでいった。
目の前に見える、醜い顔をした生物たちは、人間か?
それとも、化け物か?
やっぱり何かがおかしい。
必死に正気を保つため、呼吸を整えて謝罪の言葉を口にする。
「左様でございましたか。申し訳ございません」



無視された。
口に手を当て、笑いをこらえるように次の人が質問してくる。
「たいそう立派なお考えをお持ちなようですけど、なぜ大学4年時に学芸員になろうと思わなかったんですか?日々流れてくる募集要項をチェックしていなかったんですか?」

なかったからだよ。
募集が、なかったんだよ。
大卒程度で学芸員を募集するなんて、タイミングと運次第だ。
わたしはすでに、4年時の冬から身体を壊していたから、実家からあまりにも遠い場所は鼻から候補に入れられなかった。
何かあったとき、本当に危険だし、そんなリスクをもってまで、学芸員として働きたいとは思えなかったし、何より親に心配かけたくなかった。

ここで、どう答えたのかは覚えていない。
それらしいことを、冷静な面持ちで、なんの感情もこめず、喋ったということは覚えている。

最後の質問はなんなんだと、身構えていると、予想だにしていなかった言葉が聞こえた。



「なんで通信高校に通っていたんですか?成績が悪くて、普通の高校には行けなかったとか?それとも、何か別の事情でもあるんですか?あと、なんで浪人なんかしてるんですか?」



それって、仕事となんの関係があるのだろう。
意味がわからない。
わたしは、なんでここまで初対面の人間に侮辱されているのだろう。
怒りとか、悔しさはもはやなかった。

ただただ、悲しかった。
中学一年生のころに、いじめにあい、不登校になり、成績優秀で真面目なよいこちゃんだったわたしは、あっという間に落ちこぼれになった。
テストで名前だけ書いて、0点をとったこともある。
それでも生き抜くためには、高校に行かないといけない。
はじめは将来のことなど何も考えられず、鬱々とした日々を送ってきていた。
だけどいつしか、焦りが芽生え、なんとしてでも高校に進学しようと心に決め、担任の先生や両親に相談し、さまざまな学校の資料をかき集め、ようやく見つけたわたしの居場所。

それが、いまバカにされている通信高校だった。
校舎が隣県にあるので、週に何度かバスで通学し、そこで友だちにもめぐりあえた。
本校スクーリングでは、まったく知らない人と同部屋になり、そこで出会った子とはいまでも連絡を取り合い、いちばん信頼していると言っても過言ではない、そんな大切な人と邂逅できた場所。

もう勉強をするにも、基礎ができていないからどうにもならないと思っていたのに、最高の先生に恵まれ、学ぶ楽しさを再度確認し、大学進学のために一年浪人してでも、がんばってみようと思えた場所。


それを、なんだと思っているんだ。
反吐が出そうだった。
口汚く罵られた気分だった。


高校卒業後は、当時でいうAO入試の対策をしつつ、それに落ちたときのために塾に通い、英語を必死に勉強した。
1年もたたず、大学受験レベルまでに学力を持っていった。
結局、AO入試で受かったので、英語は受験で使わなかったけど。
それでも、ずっとずっと、楽しかった。
不安だったし、浪人2年目なんてことになったらどうしようという絶望感とも、戦ってきた。

うちは裕福ではないから、そこまで負担をかけられないのに、高い学費を払って通信高校に通わせてくれ、塾へのお金も全部出してくれた。
大学の学費だって、奨学金制度を利用しながらも、親が半分出してくれた。

それを、なんだ。
ただの落ちこぼれが、適当な高校に入り、適当に大学生活をすごしてきたとでも、思っているのか。
わたしの成績は、当然むこうに提出していたので伝わっているはず。
それを見れば、どれだけ努力してきたか、わかるはず。
わたしはみんなより劣っているから、みんなの100倍努力しないと置いていかれる。
そんな思いと戦いながら、寝る間も惜しんで勉学や研究、古文書の保全活動などに勤しんできた。
ただ、それが完全にやりすぎだったようで、体を壊してしまったわけだけど。
あまり後悔はしていない。

それなのに。
なんでわたしはいま、試験官共にバカにされているんだろう。
全員がニヤニヤとこちらを見てくる。
何かを言う度に、ハッとバカにした笑いが聞こえてくる。
心底どうでもよさげな顔で、「あ、そうですか、へ〜、それはそれは大変でしたね」と言われる。


もういやだ。
逃げたい。
なんでこんな思いをしないといけないの。
誰かたすけて。

そんなことを思っても、無駄でしかなくて。
ただただ、孤独に笑顔で受け答えするしかなかった。

あなたたちの言葉に、わたしは傷ついていませんよ。
すべて乗り越えて、何も気にせずいまは生きていますよ。

そんな嘘を、顔に貼り付けて。

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