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銀山町 妖精綺譚(第2話)

第一章 新規採用職員

 平成三年四月一日、田中哲二は銀山町役場の二階にある町長室で長谷川町長から職員採用の辞令交付を受けた。
「田中哲二 銀山町職員として採用する。企画課勤務を命ずる。主事に補する」
一礼して町長が読み上げた辞令を厳かに受領した。自分の前に新規採用職員は無く、自分の後に課長職の辞令交付が始まったことで(新規採用職員は俺だけか)と田中は察した。
 小さな町なので新規採用職員が少ないことは予想していたものの、一人だけというのは想定外だった。郡山市出身の自分が縁も所縁も無い銀山町で、同期もいない職員として採用されることに、あらためて戸惑いを感じた。周囲の壁には歴代町長の写真が飾られていて、全員二期だけということに気づいた。

 町長から辞令交付を受けるのは新規採用職員と課長職だけであり、八時半から始まった辞令交付式は五分もかからずに終了し町長の訓示が始まった。
「平成三年度 辞令交付式にあたり訓示を行う。新規採用、また新たな職責を任じられた皆さんに祝意を申し上げる。それぞれの職場において持てる力を十分に発揮し、住民福祉の向上、銀山町発展のために活躍していただくことを心から期待する。
 本町においては平成元年に念願の『老人福祉センター』を開所し、『シルバーユートピア構想』に基づく高齢者福祉の充実が図られたところである。今年度は昨年度から検討してきた新たな『ふるさと創生』に向けて、全所属・全職員一丸となり取組みを進めていただくようお願いする。以上」
 町長の締めに合わせて、全員が頭を深く下げ辞令交付式が終了した。部屋の外で待機していた飯田企画課長が入室し田中に声をかけた。
「田中君、採用おめでとう。各課に挨拶してから企画課に案内するから、一緒に来てくれ」
 髪を染めポマードで固めているのか、頭が異様なくらい黒光りしていた。頭の横から生えている髪を伸ばして無理やり横に流し禿を隠しているのが痛々しいと田中は感じたが、黒髪の下には人の良さそうな田舎の親爺らしい笑顔があった。身長が高くないせいか腰も低そうに見える。
 飯田に連れられるまま、二階の総務課、三階の議会事務局で挨拶をして、さらに一階の各課で挨拶をした後に企画課へ着いた。
「企画課の皆さん、そのままで聞いてください。新規採用職員の田中君が着任しました。田中君、一言挨拶をお願いします」
 飯田が話をしている間、企画課の職員はチラリと二人を見ただけだった。あまり歓迎されてないのかなと感じた田中を飯田は席に誘導した。
「田中君の席はここになります。仕事は指導役の高橋君が教えてくれます。田中君には主に『若者定住会議』の担当をお願いします。高橋君とよく相談しながら取り組んでください。高橋君、後はお願いします」
 飯田は大役を終えたようにフーッと大きく息を吐き窓際の自席へと向かった。
「高橋健介だ。よろしく頼む」
 三十代前半くらいに見える高橋は、髪がふさふさで自然に真ん中で分かれている。優しそうな顔に見えたので田中は安堵した。ただ安っぽいくたびれたスーツを着ていたので、頼りなさそうな印象も受けた。
「田中哲二です。採用されたばかりで、役場のことも銀山町のことも何もわかりません。御迷惑をおかけすると思いますが、よろしくご指導くださるようお願いします」
(今日何度目かなぁ、この台詞。まぁ謙虚に頭を下げておけばいいんでしょう)と考えていた田中に高橋は冷水のような言葉を発した。
「最初から小言で何だが『採用されたばかりで、わかりません』は庁外の人間には言うな。田中さんが『採用されたばかり』とか『十年目』とかは、お客様には全く関係無い話だ。『町職員 田中さん』に住民の方は話をしてくるのだから、町職員として一定のリターンをしなきゃならない、わかるか」
 田中は素直に頭を下げた。
「申し訳ありません気をつけます。けど本当に解らないことばかりですが、住民の方にどう対応すれば」
「解らないことは、正直に解らないと言っていい。そのために俺や他の職員がいるんだから、聞いてくれて構わない。俺が言いたいのは『採用されたばかり』を理由とするんじゃなく『自分が勉強不足でわかりません』ということだ。
十年働こうが二十年働こうが、解らないことは山ほどある。だから『採用されたばかり』というのは理由にならない。『自分が勉強不足』と認めることから始めようということだ。その方が変に知ったか振りをしないで済む」
 そういうと高橋はニッコリと笑いながら
「立たせたままで悪かったな。座ろうか」
田中を席に座るよう促し自分も椅子に座った。
「緊張していると思うが、今日の午前中はしてもらいたい仕事がないから、机の上の資料を整理しながら適当に目を通して欲しい」
「わかりました。ちなみに午後はどんな予定ですか」
「この企画課は、主たる業務が町の広報誌『広報ぎんやま』の発刊と町内会の支援、後は机の上にある要覧とか町の総合計画の立案になる。俺としては早めに町の現場を知って欲しいから、午後は俺と町内を回ってもらおうと考えている。午後から外に出られるか」
「もちろん大丈夫です。午前中のうちに資料を読んで町のことを勉強しておきます」
「そんなに気を張らなくていい。後で説明するけど、田中さんの主担当は『妖精の住むふるさと事業』という町おこし事業になる。今までの前例が無い業務になるから、基本的には田中さんが考えて田中さんらしく進めてくれればいい。もちろん俺もサポートというか一緒に担当するが、田中さんの若い力に期待している」
「何ですかその『妖精の住むふるさと事業』って、この資料の中に説明がありますか」
「公式資料には一行も記載されていない、ほぼゼロから始まる事業だ」
高橋は周囲に目配りをすると少し前かがみになり小さな声で田中に伝えた。
「ここでは言いにくい話もあるから、後で車の中で説明する」
(それで午後から外に行くということですか)田中は入ってはいけない世界に入ったような寒気を感じた。
 
 企画課の西側にある福祉課から騒めきが響いてきたことに続き大きな声が響く。
「福祉課の皆さん、御苦労様です。地域福祉の要として奮闘していただきありがとう。新体制においても福祉課長の元で一致団結して、地域を支えていただくようお願いします」
 町長の声だった。福祉課での激励を終えると企画課に近づいてきた。
「企画課の皆さん御苦労様です。町活性化の先駆けとして奮闘していただきありがとう。『妖精の住むふるさと』実現に向けての取組みに大きく期待しています、よろしくお願いします」
 その後も似たような戟を飛ばし、ロビーにいた住民に愛敬を振りまいてから、町長は蟷螂を思わせる痩せた職員をお伴に庁舎を出ていった。
「毎年こんなことしているんですか」
「毎年だ。この後は出先機関と町の有力者のところの挨拶回りだな」
うんざりした表情の高橋のところに、少し興奮して顔を赤くした飯田が近づいていた。
「高橋君、田中君、町長の激励を聞いたな。個別の事業名が出たのは『妖精の住むふるさと事業』だけだ。かなり期待されているな、何としても上手く頼む。これからの町づくりは若い人の感性だ。責任は俺が取るから何でも好きにやっていい。高橋、田中ということは、二人ともイニシャルがTでT2だな。人類の未来とまでは言わないが、町の未来はT2の力によって変わるということだ」
夏に公開される映画『ターミネーター2(T2)』に掛けて、本人は上手いことを言ったと考えているらしく鼻がヒクヒクしていた。そして飯田は真顔になると、高橋にだけ聞こえるように
「俺の再就職先に影響するから、俺の未来のためにほんと上手く頼むよ」
と話したが、田中は聞こえないふりをした。
 執務室ではストーブの上のヤカンがシュンシュンと湯気を発していた。役場の外では春とは思えない冷たい風が強く吹いていた。

https://note.com/tarofukushima/n/ne78b73d32049

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