見出し画像

【ピリカ文庫】 曲がり角

 初夏というには暑すぎる日差しの中、水野は郡山駅から安曇神社まで徒歩で向かっていた。体中から噴き出す汗が肌着どころかスーツにまで染み肌にまとわりつき不快感が増していく。スマホの地図を頼りに大通りから横道、路地裏へと進んでいく。水野の目的地は神社ではなく、神社の近くにある「風綺堂」という土産物屋だった。
 少し息を切らしながら古びたビルの前で足を止め、スマホから目を離し入口の上にある看板を確認した。
『風綺堂』
 古びた木の看板には地図アプリに入力していた文字と同じ墨字が黒々と描かれていた。看板そのものが黒ずんでいて墨の黒さなのか燻んだせいなのかは水野には判断がつかなかった。ドアを静かに開けて中に入る。
 狭い店内には達磨や張り子、紙風船、木の細工など、古い玩具が足元から天井近くまでキツキツに並べられていた。が、雑然とした印象ではなく、どこか整然として見えるのが不思議だった。
「こんにちはぁ」
「はい、いらっしゃいませ。ゆっくり御覧ください」
 店の店主らしい男の声が奥から聞こえたが姿は見せようとしない。あまり商売っ気がないのだろうか。水野は玩具には目もくれず真っ直ぐ奥へと進んだ。
「店主の渡邊さんでしょうか、私、水野と申します。小林さんの紹介で参りました」
 ガタガタと音がして奥から中年の男が現れた。古びたワイシャツにグレーのスラックス、中肉中背の体に黒縁メガネ、ボサボサとした髪という、どこにでも居そうな佇まいに水野は落胆した(本当にこの人が渡邊さんなのか)。藁にも縋る想いで訪問した「風綺堂」だった。今の苦難からの救いを切望していたのに。水野の思いはそのまま渡邊に伝わった。
「こんな見た目でがっかりさせてすいません。ただ、私に言わせると映画とか漫画の陰陽師とかが格好良すぎなんですよ。衣装も凝りすぎですし」
 気分を悪くした様子もなく答える姿から誠実そうな人柄が伝わってきた。
「では、早速ですが出かけるとしましょうか。車の中でいくつかお話を聞かせていただきますがよろしいですか」
 渡邊は水野を促して店を出ると鍵を掛け、「臨時休業」の札を扉にぶら提げた。

 ビルの裏にある月極駐車場に停めてあった軽ワンボックスのドアを開けるとモワっとした空気が溢れてきた。時間的には十分余裕があるはずだが、水野は緊張と焦りが沸いてきて落ち着かない気分でシートベルトを締めた。少し車を走らせると渡邊が水野に話しかけた。
「メールでの相談内容では、娘さんである心音ちゃんの問題行動が増えた。食事中の行動や急に顔つきや口調が変わることがあるということでしたが、間違いないでしょうか」
 水野が視線を落とし鎮痛な表情になる。
「はい、最初は自宅だけでしたが、最近は幼稚園でも問題行動を起こしているようで、バケツや水溜まりに虫などを入れて棒で叩きながら『バシャン、バシャン』と騒ぐこともあるようです。私も風呂で叩かれました。妻も私も心音が心配で熟睡できずノイローゼ気味になってしまい、このままでは心が壊れてしまいそうです」
「で、病院に連れて行くと全く問題行動をしないし、検査結果も問題無いと診断されるということですね」
「はい、それで上司の小林に相談したところ『狐憑きじゃないか』と言われ渡邊さんを紹介していただきました」
「視てみないと何とも言えませんが、おつとめさせていただきます」
 車は小さな幼稚園の側に停まった。

 水野が渡邊の指示どおりに心音を迎えに行くと、心音は跳ねるようにして玄関に現れた。緑のボールが弾んでいるように見えた。
「おとーしゃん、むかえにきてありがと」
 あどけない笑顔に涙が出そうになる(何故うちの娘がこんなことになったのか)。先生に挨拶をした後、小さな手を握り歩き出した。説明されていたとおり渡邊も車もいなくなっていた。
「おとーしゃん、こうえんにいくの」
 心音が聞いてきた。滑り台とブランコしか無いが、自宅近くの小さな公園は心音のお気に入りの場所だった。
「一回、お家に帰って着替えたらね」
 小さな公園は水野にとってもお気に入りの場所である。一緒に過ごす時間は嬉しく楽しいものだった。自宅に向かう最後の曲がり角を過ぎようとした刹那、水野の手に大きな痛みが走った。心音の手が強い力で水野の手を握り締めていた。心音の目が吊り上がり、拳が入りそうなくらい大きく開いた口から、中年女性のような声が響いた。
「お前、我に何をした。我の邪魔をするのか」
 映画でしか見たことがない顔への恐怖で水野の体が固まる。動けない水野の背後から影が前に出た。
「ヤーーーッ」
 影は気合を一閃し、心音の頭に棒状のなにかを振り下ろした。
「渡邊が命ずる、散!」
 心音の体が崩れ落ちそうになるところを影=渡邊が受け止めて振り返る。
「水野さんお疲れ様でした。もう大丈夫だと思います。心音ちゃんを抱っこしてもらってもよいですか」
 水野はしゃがんで小さな体を胸に抱いた。
「今のは一体、どういうことなんですか」
「わかりやすく言うと『鬼退治』の一つです、心に巣くっていた「悪い気」、「悪鬼」を祓えたと思います。心音ちゃんが狙われたというより、水野さんか奥さんへの怨念の気が二人に憑くことができず心音ちゃんに向かったようですね」
「そんなことがわかるんですか」
「わかると言うほどでは無いですし、証明のしようも無いんですが、直観的に因果を感じるんです」
 そう言うと渡邊はそそくさと交差点を一周し、四角で何かを拾ってきて、何もなかったかのように、水野の自宅に向かい歩き始めた。
「何を拾ってきたのですか。それに、何でこんな場所で『お祓い』をしたのですか」
「拾ってきたのは『釘』です。祓い方はいろいろな手法があるんですが、今回は『辻祓い』をしました。辻は現世と常世の境界であり霊的な効果が強い場所です。そこに釘で結界を張り悪鬼を逃がさないようにして祓いました。人通りが多いとできないですが、効果は高いんです」
「そういう方法があるんですか」

 水野の自宅の駐車場には白い軽ワンボックスが駐車していた。
「水野さん、私はここで失礼しますが『辻祓い』の補足をちょっとだけ良いですか。『曲がり角』って不思議な言葉で、曲がりは曲線で丸みがあるのに角は直線のぶつかり合いなので、矛盾している曖昧な存在です。うちの流派では辻の角を利用し『魔を狩る角』なので『魔狩り角』と伝えられています」
 水野は(そんな馬鹿な)と思いながらも言霊を思い出したので反論はしなかった。
 車に乗り込んだ渡邉に
「今回の謝礼は」
  と問いかけたが渡邉は手をブンブンと振り走り去った。事前にメールで問い合わせした時は
「効果があると感じたらお気持ちで」
と書いてあった。
(謝礼を受け取る気がないのだろうか、それとも効果が期待できないのか。しかし店を休ませたのだから補填しないとな)
   考えながら心音をベッドに寝かせるとスマホが鳴り出した、義兄からだった。
「仕事中に済まない。佳代子が車に轢かれて金成総合病院に救急搬送された。取り急ぎの電話だ、また連絡する」
    一方的に告げて電話を切った。姉の佳代子は結婚してから子どもが授からず、不妊治療をしていた。
「人を呪わば穴、か」
   姉への見舞い金と同じ額を渡邉に包もうと思った。
 
 この日が「渡邉と関わる奇妙な人生」への曲がり角だったことを自覚するのは、まだ先のことである。


いいなと思ったら応援しよう!

福島太郎 サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。