【大学受験】自称進学校の有名なスローガン「受験は団体戦」
自称進学校の有名なスローガン 「受験は団体戦」を考える
私の結論は、受験は言うまでもなく「個人戦」である。受験の結果は個人の解答、答案によって合否が決まる。それ以外に何があるというのだろう。もし団体戦というならば、自分が出来なくても、同じ学校の子が点を取ったら、自分に加点されるのか?そんな素敵なシステムは当然存在しない。それどころか仮に同じ学校の子と志望校が同じなら、点が取れなかった自分が不利になる。ただのライバルだ。受験は皆がそれぞれの志望校へ向かって自ら努力をし、限られた椅子を自らの力で勝ち取るもの。これのどこに団体戦の要素があるのだろうか。
「団体戦」の実態と意図するところ
「受験は団体戦」という発言は、特に自称進学校において生徒を統率し、学校の指導体制に従わせるための常套句として好んで使われている。子どもの高校でもそうだった。その意図を考えると、生徒を学校に出席させ、全員で先生の授業を受けるように誘導することにあると思われる 。学校は皆で同じ方向を向いて進むことを目指す。その上で特に高3の士気が下がることをトコトン嫌う。関係ない科目だからと授業を切って内職をしたり、学校を休んだり、早々に私立の学校推薦を決めて「ウェーイ」は風紀を乱す為、ご法度なのである。こんな輩を大量に出さないように牽制しつつ、集団から外れる行動をとる生徒に対して非常に厳しい対応を取るという特徴がある。「受験は団体戦」とは、学校の思い描くシナリオ通りに事を進めさせる為の同調圧力として機能することが多い 。
進路指導の実態
自称進学校では、国公立大学の合格実績を何より重要視するため、生徒の個人的な進路希望よりも学校の都合が優先される傾向がある 。具体的には私立より国公立、早慶上理、MARCHより地元の国公立である。百歩譲って将来、地元での就職を希望するならば、地元の国公立最強説は確かにあるが、そのような企業であれば恐らく早慶上理であれば多分余裕である。ところがこれが都市部で就職したいとなると状況は一変、地元の国公立からは行けないとは言わないが、会社からの評価は恐らく逆転する。MARCHが上までありえそうである。うがった見方をすれば、地方学生の都市部への流出を防ぎ、地元に残って就職する人材を少しでも増やすよう、県教委などから指導、圧力でも受けているのか?とさえ勘ぐってしまうような進路指導をしてくる実態がある。
メリットを考える
強いて団体戦とするメリットがあるとすれば、こうだ。目標に向かって自らを鼓舞して日々勉強をすることに間違いはないが、ひたすら1人で頑張れるかと言われると、それはNOである子が多いはず。少し息抜きをするときに、友だちと会話すると、その頑張りに刺激を受けることがある。お互いのメンタルを維持する為には、やはり友だちの存在は大きく、子どもも水泳部の友だちと志望校は違えど、励まし合って皆で乗り越えた。幸い、自制できる友だちばかりだったので尚更である。そういう意味では「団体戦」とも言えなくはないが、この場合、大切なのは友だちであって、学校全体ではない。「団体戦」の定義として主語が「学校」では大き過ぎて共感できないと言わざるを得ない。
まとめ
元はと言えば、自称進学校へ入学したことが招いた悲劇であり、それがイヤなら進学校へ行けば良い、という理屈は反論の余地もない。
子どもが進学した公立高校は地元では上から3番目、偏差値65で、まさか自称進学校だとは思わなかった、という結果論ではあるが、リサーチの甘さもあった。しかし入ってしまったからには、自分の環境や立ち位置を知り、もがき、志望校合格という目標達成の為に、周囲からの同調圧力に負けず、流れに抗うことも時には必要なのではないかと子どもを見ていると思う。学校や周りに流されて足を引っ張られ、思うような結果が得られず卒業した時、誰が後悔するのかを考えてほしい。絶対に学校や先生ではない。周りを気にするあまり、それが出来ない性格の子もいるだろうから、一概にマネはオススメしないが、このような実態があったという経験は残しておこうと思う。
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