水恐怖症だった子どもが15年泳ぎ続けて得たもの
お風呂さえも怖がっていた、あの日から
子どもは水が身体に触れるのが嫌いで、幼い頃はお風呂さえも怖がる子どもだった。これはもう、小学校のプールの授業で確実に詰む未来しか見えない。そう思って、4歳の時、地元のスイミングスクールに放り込んだのが全ての始まりだった。目標なんて、ささやかなものだった。クロールで25m泳げれば、学校の授業で困らない。それで十分だと思っていた。
最初はギャン泣きである。そりゃそうだ、水が怖いんだから。でも、子どもというのは不思議なもので、いつの間にか慣れて、友だちができて、コーチとも笑い合うようになっていた。水の中で目を開けることが出来なかった子どもが、いつしかバタ足でそこそこ泳げるようになっていった。平日も週末も、私は父兄観覧席で我が子の頑張る姿を見るのが密かな楽しみになっていた。
「選手コースに行きたい」
そしてクロール25mを超え、50mで規定タイムを達成して一般コースでの習得が終了した小学3年か4年のある日。「どうする?」と聞くと、子どもは「選手コースに行きたい」と言い出した。50m泳げればもう学校のプールの授業で絶対困ることはない。 そういう意味では親の目標はとっくに達成していた。でも、本人がやりたいなら止める理由もない。
選手コースの練習は、外から見ているだけでもハードだった。上級生や中学生に混じって、時には辛そうに、でもそれでも仲間と楽しそうに、やり切っていた。中学では水泳部に入り、スクールと水泳部の両方で泳ぐ日々。3年で部長になり、大会でそこそこの成績を出すまでになった。高校でもまた水泳部で、また部長に。そして今、医学部の水泳部に入り、1年から大会メンバーに選ばれ、嬉しそうに練習で試合で、楽しんで泳いでいる。
親が想像していなかった未来
気づけばもう15年近く泳いでいることになる。「クロールで25m」程度のつもりだった水泳を、子どもは辞める気配もなく続けている。水泳を通じて、子どもは実に多くのことを学んでいたのだ。先輩後輩との接し方、人を纏めること、目標に向かう大切さ、自己ベストを更新する喜び、努力しても結果が出ない時の腐らないメンタル。今の我が子を形成するほぼ全てが、ここにあったのだ。
親が軽い気持ちで始めさせた習い事が、子どもの人生を作っていた。こんなことって、あるんだなあ、と思う。水恐怖症だったあの頃の子どもは想像出来ないだろう、まさか15年後、まだ泳いでいるなんて。
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