将来の夢
昔、小さい頃のぼくには将来の夢があった
その将来の夢が叶えられるような学部がある大学に行くために受験勉強に励んでいたのは高校3年生のぼくだ
もしかしたらこの話は過去に書いていたかもしれないけど書きたくなったから書くよ
ぼくは中学の国語or社会教師になりたかった
それは大学生になってからも変わらなかった
教育学部ではなく社会系の大学に進学したので、+αで教育課程の単位を取る必要があったがそこまで苦ではなかった
問題が発覚したのは大学3年生の前期だった
模擬授業を行う講義があった
そこで気づいた
確か2人1組で行うものだった記憶があるが、黒板の前に立つと何も話せなかった
その友達のフォローがありその時間は終わったが、このタイミングで教師になるにあたっての弱点が発覚した
社会不安障害だ
場面緘黙症とも呼ばれている
この当時はそんな認識もなく、ただ人前がだめなとても緊張してしまう人間という自己認識だった
この症状は自覚してるだけでも小学生の頃からあった
社会不安障害という単語を知ったのは精神疾患を罹患してからなので、そういう意味では自己理解が深まってよかったのかもな
なんて思えたら楽だったろうな
救いに見えたな、今までただの極端に緊張してしまう人見知りの自分に名前がついて
それからは5年くらい抗不安薬(ベンゾ)であるワイパックスやレキソタンのお世話になって最終的に今は卒業している
精神保健福祉士の資格を取る過程で克服したのか、たまたまフラットになるタイミングで改善されたのかは分からないけれど、今は人前で話す仕事をやったりもしている
変わっていくのはいつも風景なのかもね
本題に戻す
教師になりたかった、心から
きっかけは中学の社会の先生だ
面白い授業だったし、面倒みのいい先生で好きだった
ぼくは社会系の科目が好きだった
歴史も政治も経済も大好きな中学、高校時代だった
元々の興味に加えてその先生みたいに色んな人に社会科目の面白さを教えたい
と思っていた
そう思ったまま高校3年間を過ごし大学に入学した
大学受験は失敗こそしたけれど、教員養成に強い国公立と謳ってる大学に行けたらこの時点では問題はなかったんだろう
やっぱりここだ、模擬授業が全ての決定打になった
さあこれから教育実習だ!ってなっていくタイミングで教育課程を諦めた
たまたま準備不足だったからアドリブで話せることもなく人前で緊張した、とか
なんて思われているか分からない人たちだから緊張したのか、とか
直感的にそうではないことには気づいた
葛藤はたくさんあったけど本当に無理だと思った
自分にとって諦めるには十分すぎる事実だった
小学生の頃から付き合いだもん、自分がどれくらいの重さでどれくらい人前が無理なのかくらい分かるよ
無理だったんだ
7.8年のぼくの将来の夢はそこで途絶えた
終わりはいつも早すぎるってひろむも言うもんね
呆気なかったな
ここで次の目標ができたはできた
当時所属していたゼミが「生涯学習論」という代物で、+αでいくつか単位を取るだけで社会教育主事という資格を取得することができた
簡単に言うとこれは教育委員会で使える資格でさ、もっと言うとここでしか使えないんだけどね
これをどこで使うんだって話が出てくるんやけどさ、当時のぼくは兵庫県庁を受けようと思った
大学3年生の年は学祭の実行委員会で事務局長を担っていたので忙しすぎて何も勉強する時間がなかった
おまけにストレスで眠れないし日々の体調はどんどん悪化していった
学祭とその後片付けが終わったときにはもう魂の抜けた抜け殻みたいな人間だった
抑うつもあった、人も怖かった
無気力で何もする気にならなかった
それでも試験は受けた
一次は通った、凄いね、すごいと思わない?
ノー勉で県庁の一次に通ったの結構自慢なんだよね
まあ二次は圧迫に対応できず普通に落ちたんだけどね
まあその頃にはもう外に出られなかった
鬱で
当時は鬱病って診断だったし飲んでたお薬もssri(レクサプロ)だったこのお薬の副作用で半年で25kg太ったのは別の話にしておこうか
もう夜中にしか外に出られなかった
それも近くのコンビニとかドラッグストアが精一杯
しかも外出するときは当時の元カノが一緒に来てくれていた
あの頃、ぼくは世界の全てが怖かった
元カノに助けられていたのだ
そのタイミングで両親との仲も険悪にあった
そりゃ分かんないよな、子どもが急に鬱病になったって言っても
死にそうになりながら絶縁する気で長文LINEを送ったのは覚えてる
今思えばあの頃あんなんでも常に手を差し伸べてくれた両親がすごいと思う
頭が上がらないよ
話がずれちゃったね
これでぼくの夢は全て終わり
大学も留年、この時の恋人にも「もう待てない」と言って振られ
ボロボロだった
ここから色々あって精神保健福祉士の資格を取得して今それを活かして働いているわけなんだけど、人生何があるかわからないね
少なくとも将来の夢には全く挙がったことはなかった
なりたかった自分ではない
でも生きてるよ
常に誰かに助けてもらっている半生だなと思う
家族に感謝、友人に感謝、世界に感謝して今日これからも生きていく
終わり
ここまで読んだ物好きへ
いつもありがとう
