子供が、うそをつくということ。
9才のある日、電話が鳴る。
「もしもし。」
「ちい…か?」
「うん。」
「お父さんだよ。」
「うん。」
「……。」
とつ然の電話…。
電話の向こうで、泣いているのが、わかる。
「新しいお父さんは、やさしくしてくれるか。」
「うん。」
わたしは、うそをついた。
「そうか。良かった…。でも、もし困ったことが、あったら、いつでも電話をかけておいで。」
優しく、そう言って、電話番号を教え、電話は切れた。
私が2才の頃に両親は別れている。写真すら、ないので、父親の顔も声も知らない。
でも、この電話の相手が、本当の父親である事は、すぐに分かった。不思議なものだ。
この出来事の後、小学、中学、高校。そして、社会人になってからも、私から電話は、かけなかった。
なぜなら…。
あの頃、母親も再婚し家を出ていた。
残された私は、祖父母に育てられていた。
父親は、それを知らずに、電話をかけて来た。私には、新しい家族が、あると思って。
さらに父親にも、新しい家庭がある事を大人たちの会話から、私は知っていた。だから私からの連絡は、しない方がいいと思った。
もう、それぞれが、それぞれの家庭で生活している。
それを壊したく、なかった。子供なりに考えての事だった。
ただ、あの時、急いでメモした電話番号だけは、ずっと、大切に持ち続けていた。
それが唯一の父親との繋がりだと思えたから。
家を出た母親とは、遠く離れて暮らしていたが、
手紙のやり取りをして、連絡は取り合っていた。
祖父母との生活も、穏やかであり、楽しく幸せだった。
そう考えると、私は恵まれていたと思う。
それでも、父親からの電話の事は、誰にも話さなかった。
9才の私は、隠したのだ。何故か、その方が、いいと思った。
その後、父親からも、電話が来る事は、なかった。
私も大人になり、自分の家庭を持ち、長い年月が立った頃。
知らない女性から電話が入る。
父親の再婚相手の娘さんらしい。
父親が、病気で亡くなったそうだ…。
「あの時の電話のうそが、ばれちゃったね。嘘ついて、ごめんね。」
空を見上げながら、うそをついてしまった事を謝る。
あの時の嘘が正しいことだったのかは、今でも、わからない。
でも天国に旅立った父親は、なぜ、私がそうしたのかをわかってくれていると思う。
自分でも、自分の感情が、よくわからない。
あの電話での短い会話しか、思い出が、ないのだから。
ただ、自然と涙が込み上げてくる。それが、答えなのだと思う。
後から知った事だが、父親の電話番号は変わっていなかった。
何十年もたっているのに…。ずっと、そのままだった。
私から電話が来るかもしれないと、変えずに、いてくれたのだろうか。
今となっては、確かめようも、ないけど。
番号が変わっていなかったことを嬉しく思う、9才の小さな私が、そこには、いた。
