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魔術された天球の音楽

事物には詩的、神話的な意味が込められていて
それらは見えないつながりを持って象徴として存在している。
その法則に気づき、魔術を行うことで世界に変容をもたらすことができる。

故に、目的論的自然観の信者である私は

「事物に意味が宿るとき、
魔術は科学となり、
無生物に魂が宿り、
神は顕現し、
世界は象徴的な詩を歌い出す。」
と語る。

そんな中、天球の音楽とは目には見えない法則を音で顕現させた理論で
あった。
ピュタゴラスは正に見えない法則を音で顕現させた魔術師であったのだ。

「万物は数なり」から始まり、
音という数が宇宙を支配しているのだという、精神的、根源的解釈から、
宇宙には美しき「比の法則」があり、それらを知覚する際に音と幾何学を用いて宇宙を解釈した話…
どれも神秘的、神話的でそれだけで魔術的要素があると言える。

世界に合理性のみを求めるとき、
魂の饗宴は沈黙するだろう。
しかし、ひとたび祈りと信仰を持って世界を観察するとき、
世界は詩を取り戻す。

今宵、貴方は、夜空の星にただの岩石を視出すか?

それとも、詩と神秘的な意味に満ち足りた物語を視るか?




私が作品を作る上で重要視したのは、リアリティと背景が
あることだ。
今回、ケプラーの惑星音階という楽譜を用いることにした。
今、この空間に流れ続けている音は、
ケプラーの音階を元に、現在の惑星の位置が示す音と、
曜日を支配している惑星の音階全て。
つまり、彼の理論によれば、この音が宇宙全体にを満たして
いるのである。
しかし、わたしたちはそれを知覚することは出来ないし、
どちらかというとこれは理論上、精神的な音だ。

プラトンはティマイオスにおいて、
「天文学は目の算術であり、音楽は耳の算術である」
と言った。
この展示では、天球の音楽を視覚と聴覚的なアプローチ。
幾何学と音によって知覚化し、足裏を通した触覚によって魔術の儀式を促そうと試みる。

幾何学は楽譜の魔法陣。
魔法陣とはタリスマンとも呼ばれ、ありとあらゆるエネルギー
を集約させる装置のことである。
つまり、惑星の全ての軌道を集約した楽譜は此処で魔法陣の
ような役割を果たす。

天球の音楽は今も不動に流れ続けている。
貴方は宇宙の法則、天球の音に導かれてこの日、
この時間にやってきた。
”あなた”という人が此処にいることには神秘的な意味がある。
ー「魔術とは目には見えない意味ある法則」
魔術はすでに起こっている。


『生きる』とは、
”今ここにしかないエネルギーを行使する壮大な魔術である”

砂の円の中に入って、跡を遺す行為は人生そのもので、
宇宙の力が宿っている事物があなたの足跡である。

生きた証が刻まれていく…

これは星の影響をただ受動的に受けた跡ではない。
むしろ、人間が惑星の力を行使して確かに刻んだ、
私たちが起こした「生の魔術」なのだ。
つまり、私たちは日常的に魔術を行っている存在でなのである。
ー「魔術とは世界を変容させる手法。」

それに気づいて、
世界に変容をもたらすことができる存在なのだ。

いわゆる西洋的な「天球の音楽」の
『人間は真の音に届かない、歪ませる存在』
ではなく、

足跡のセッションを通して、
共に音楽を奏でている魔術的な存在なのだ。

今日という日に、
この展示に、
生来てくれてありがとう。

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