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疱瘡(ほうそう)の姫君―花折る少将異聞―最終話

 それから七日。都はとある噂話で持ちきりだった。

あの花折る少将がとんだ失敗をしでかしたらしい。右大将の養女広姫様を盗み出そうとして、あろうことかそのお婆様を盗み出してしまったのだとか。広姫様は大変お美しく、帝への入内が決まっている。入内前にまちがいがあってはならないと心配したお婆様は広姫と入れ替わって寝ていたのだが、少将はまんまと引っかかってこのお方を盗み出して自分の邸にお連れしたらしい。お婆様は出家して尼姿であったのだけれど、もともとは宮中に出仕していたこともある大変お美しい方。さてその後はどうなったのやら、お二人ともだんまりを決め込んでいるらしい……。

この噂を流したのは言うまでもなく光季と桜の君だった。特に光季のところには、真相を聞き出そうとあちらこちらの小舎人童が集まってきた。それを面白おかしく話してさらに噂が広がるようにするのが光季の役目である。加えて透子姫が世の守り人になるという清水観音のお告げの話もするのだが、こちらは一向に広まらない。もう人々の関心は移ってしまっていたのだ。というよりもはや疱瘡のことなど思い出したくないのかも知れないと光季は思う。

「世の人の噂に苦しめられた透子姫を、同じ噂話で救おうっていうのは名案だと思ったんだがな」

夕暮れ時、鴨川の土手に座って光季が桜の君に言う。

「少将さまが自分の恥を晒して世間の笑い者になってくれたらから、透子様のことは噂にならないんだわ。それに少将さまが広姫様にご執心だったと知ったら、帝は広姫様のことをいっそう寵愛するに違いないわ」

「そういうものかな」

光季はのんびり言う。

「そういうものよ。もしかして尼君様はこちらのほうを最初から狙っていたのかも知れないわ」

「恐ろしいな。少将様はまんまと乗せられただけなのか」

桜の君は帰るよと言って立ち上がった。これでよかったのかもしれないと光季は思った。桜の君がそっと光季の手を握る。茜色に染まった空を見ながら二人は家路を急いだ。


   九

 夜風の涼しさが秋の訪れを感じさせる。

宮中では月の宴が開かれていた。透子は女御の後方に控えている。広姫は入内してまもなく女御の宣旨を受け、今は梅壺の女御と呼ばれている。御簾の向こうには緋色の武官束帯姿の三人が琵琶、横笛、和琴を奏でている。透子はじっと耳を澄ませながら、これまでのことを思い返していた。少将とはあれ以来会っていなかった。少将は広姫様の入内が叶うまではと、用心深く行動を慎んでいたのだった。宮中に来てからもほかの殿上人が女御にご挨拶に来る中、少将だけはいらっしゃらなかった。透子への文も途絶えた。ただ、出仕する前に花薄の重ねの袿が届けられた。表の白地は薄く、裏ははなだ色といって薄めの藍色が透き通って見えるようになっている。花薄は初秋の色目だ。これから夏を迎えると言うのになぜかしらとあの時は思ったが、やっとその意味がわかる。すすきは月見には欠かせない。今日、この日のために少将はこの衣を仕立ててくれたのだ。

そして。

透子はじっと御簾の向こうを見つめる。今、あの御簾の向こうで、琵琶を奏でているのは少将だ。この演奏が終われば、きっと女御のもとにご挨拶にやってくる。


 帝と女御へのご挨拶を終えた三人がこちらにやってくる。源中将様と兵衛佐様は、何度も梅壺にいらっしゃっているので手慣れた様子で女房たちと冗談を交わしている。その背後から透子に向かって少将殿がゆっくりと歩いてきた。

「こちらに十六夜の君と申し上げる方がいらっしゃるはずなのですが」と言って微笑む。

ようやく出会えた。私たちは最初からこうして出会うはずだったのだ。

庭の方から賑やかな声が聞こえる。舞を踊ろうと男たちが集まっているようだ。八月十五日の月が辺りを柔らかな光で満たしていく。(終)


これまでのお話。


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