スパースの作法 ③|欠測——「落とす」のをやめて、不完全なまま解析する
■ 欠測は、臨床研究でも必ず出る
心拍のゆらぎ(HRV)を毎日測ると決めても、現実は穴だらけになる。着け忘れる、オペで外す、当直で電池が切れる。1週間で2〜3日は「データなし」。
これは特殊な悩みじゃない。臨床研究の「来院のドロップアウト」「採血し忘れた検査値」と、まったく同じ欠測の問題だ。
最初にやった素直な処理は、欠測のある症例(や日)を丸ごと落とす——完全ケース分析(listwise deletion)。多くの統計ソフトが黙って既定でやってくれる。でも、これが良くなかった。
■ 「落とす」と、二重に損をする
ひとつはバイアス。抜ける日・抜ける患者は、偶然じゃない。忙しい人・しんどい人ほど来院を落とし、値も欠ける。落とすと「調子のいい人」だけが残って、結果が実際より良く見える。完全ケース分析が安全なのは欠測が完全にランダムなとき(MCAR)だけで、現実にはまず当てはまらない。
もうひとつは検出力。せっかく集めた症例を捨てるので、nが減って検出力も落ちる。
(ちなみに、欠けたところを最後の値で埋める LOCF は昔の定番だが、いまは非推奨。規制当局もとっくに離れた。)
■ 便利:不完全なまま解析する(頻度流の2本柱)
欠測の扱いは、「消す」より「消さずに、不完全なまま解析する」方が良かった。頻度流でも、道具は2つある。
・多重代入(MI/MICE):欠測を1つの値で埋めるのでなく、他の変数から予測した"ありそうな値"で何通りも埋める。各データセットを普通に解析し、最後に Rubinの規則 で結果を統合する。埋めた分の不確実性を、そのまま結論に持ち込める。埋めて信じすぎる、を避けられる。
・混合効果モデル(MMRM)/最尤法:そもそも埋めない。手元の観測値だけから尤度を立てて、直接推定する。欠測があっても落とさない——不完全データでも、そのまま解析できる。縦断データのRCTでは、いまこれが主解析の標準になっている。
どちらも、欠測のある症例を捨てないのが背骨。だからバイアスも検出力の損も小さくできる。前提はどちらも、欠測が観測変数で説明できること(MAR)。
■ 正直な注意:MNAR
値そのものが原因で欠ける——「しんどすぎて測りに来られない」が測定値と直結する場合(MNAR)は、上の道具でも完全には救えない。ここは魔法がない。前提を変えて結論が揺れないか確かめる感度分析を添えて、「ここは仮定です」と正直に書く。それが誠実だと思う。
■ まとめ
欠測は「落とす」より「不完全なまま解析する」。頻度流でも、多重代入と混合モデル(最尤法)でちゃんとできる。捨てない、が背骨。抜けたのが「しんどい日」だったなら、なおさら捨ててはいけない。
次回は「正解が無いものを、どう測るか」——余力や燃え尽きのように、答え合わせのできない相手の話(潜在変数)。
(つづく)
