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20年一緒にいて、今さら気づいた夫と私の違い



昨日、義実家にお墓参りに行ってきました。

片道車で1時間半、山や田んぼに囲まれたのどかな場所に夫の実家と先祖代々のお墓があります。


10年前、夫の祖母が亡くなってからというもの親戚での集まりというのはなくなりました。


ここ数年は、お墓参りを済ませると義父に誘われ近くのお店にお昼ご飯を食べにいくのが恒例になっています。

義父は本当によく喋る人で、夫はいつも口を挟む間もなく聞き役に徹しています。

私はそこにいつも違和感を感じていました。

時々、夫が何か発言すると義父は必ずと言っていいほどそれを否定するのです。

そんな様子を見て、こんな環境で育ってきた夫のことを不憫に思うこともありました。


   *距離を置くことで見えてきたもの*

前回までは、そんな夫に同情する気持ちもあり一緒に会話に加わっていましたが、今回は少し引いて観察してみることにしました。

2人の会話をはたから見ていると、ただ一方通行の会話が続く。

「なるほどなぁ⋯」

「この人はこんな環境の中で自分を築き上げてきたんだなぁ」

途中、そんなことを思いながら私と母との関係にも重ね合わせてしまい複雑な気持ちになりました。



心理学を学び始めて「デフォルト」という言葉を耳にすることが増えました。

夫も私も親にされてきたように、知らず知らずのうちに家族に対して同じような振る舞いをしてしまってる。


まさに「親のデフォルト」なのかもしれません。




義実家からの帰り、夫は毎回当たり前のように義姉さんの家に向かいます。

義姉も義父と同じく、本当によく喋ります。

夫はお姉さんとは会話も弾み、終始楽しそうにしていて、そこにもいつも違和感を覚えていました。

違和感というよりは、その場にいることへの居心地の悪さのようなもの。


そんな時間が大抵2、3時間は続きます。



人に関心のないところは、親子共通してるんだなとよく分かりました。


私はというと、その真逆で会話のない家庭で育ってきたから、その光景に毎回圧倒されるし、毎回戸惑っています。



20年夫婦としてやってきて、今初めて色んなものが見えてきている気がします。

他人同士が一緒に暮らすということはそういうことだったんだと客観的に見れるようにもなりました。


「色々、気づかせてくれてありがとう」


そんな感情も少なからずあります。


    
    「私とあなたは違う人間だから」


そう思えるようになったことで、以前に比べ随分と楽になりました。


今回のお墓参りで、またもや腑に落ちることはたくさんありました。

全然違う環境の中でそれぞれが築いてきた価値観や当たり前。

自分の正しさを押し付けあったところで、何もいいことはありませんでした。

ただ傷つけあって突っぱねただけで、離れることはあっても近づくことなんてありませんでした。



だからこそ、私は私に集中しようと思えたのです。


ここから、私はどうしたいのか。

私は、どんな風に生きていきたいのか。


そこだけを大切にしたいと思っています。


これからも自分を大切に生きることを目標に。











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